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62.筑波道中膝栗毛

チームつくばタイトル

第96回箱根駅伝の予選会まであと1か月と迫った、2019年9月28日、土曜日の午後。
つくばエクスプレスの秋葉原駅改札付近で、私はYさんを待っていた。
筑波大学の記録突破会は夕方からなのだが、せっかくなので、少し早く集合してお茶でもしましょう、ということになったのだ。
初めて「同志」と会える!
ワクワクである。

現れたYさんは、大きなトートバッグを提げていた。
乗客まばらな下り電車の中で、自己紹介しつつ終点のつくばまで向かった。電車を降りた後、駅直結のクレオスクエア内にある、ミスタードーナツにてお茶タイム。二人とも、今まで筑波大のことについて語る相手がいなかったので、よもやま話に花が咲いた。気が付くとすでに1時間ほど経っている。
バスターミナルの6番乗場から、筑波大学中央行きのバスに乗る。10分ほど揺られ、天久保池のバス停で降りて、陸上競技場に向かった。

競技場には、選手として出走する部員さんだけでなく、運営係や応援に来た陸上部員さんたちも大勢いた。
前回は練習見学だったけれど、今回は本番のレースだ。レース前に気軽に声をかけてはいけないと思い、目のあった学生さんに会釈だけした。
Yさんは少し興奮ぎみだった。〇〇くんがいる!▲▲くんだ!と密かに盛り上がっている。普通は、競技会に行ったとしても筑波大の陸上部員がこんなに揃っていることなどない。会場が筑波大だからこその光景だ。

出走までにまだ少し時間があったので、前回、山田コーチに案内いただいたギャラリーを見に行こうと、Yさんを連れて建物群の方へ歩いて行った。
その途中で金丸逸樹くん(当時4年)が一人、競技場を見下ろす土手の上でジョグしていた。耳にイヤフォンを付け、音楽をききながらアップしている。素人の私にも、彼の並々ならぬ気迫が感じられた。
彼の横をすれ違ったとき、Yさんがそっとつぶやいた。
「金丸くん、ものすごく集中してる。体もすごい絞れてる…」
5年間、筑波大の学生さんたちを見守ってきたYさんがそう言うのだから、よほど尋常でないオーラが漂っていたのだろう。

ギャラリーを目指してペデストリアン(高架歩道)を歩いていったけれど、案の定、どの建物だったかさっぱりわからない。
このまま遭難してはまずいと、あきらめて競技場に戻ってきた。

そういえば、他の観戦者さんはいないのかな。
開始時間近くになったが、競技場を見回しても、部外の観戦者・見学者らしき人影はいまだに見当たらない。日体大の時はたくさんいたのに。
反対側の土手で、小さいお子さんを連れた男性(パパだろう)がのんびり散歩しているだけだ。
まさか…

今日の観戦者は私たち2人だけ!?


この記録突破会は、事実上筑波大の学生さんしか出走しない学内レースだった。だが、当時の私にはそれが何を意味するか、理解できていなかった。
同日、関東では、第6回順天堂大学競技会、第41回法政大学競技会、第1回国士舘大学長距離競技会など、複数の競技会が開催されていた。

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(上記リンク先より2019.9.28分を抜粋して画像引用)

フツウの陸上・駅伝ファンなら、関東エリアの有力選手が大勢出場する他の競技会に見に行くだろうし、特定の大学や選手を応援している女性ファン、いわゆる駅女さんと呼ばれる方々なら当然、お目当てが出場するレースを見に行くだろう。
それらを蹴ってまで、筑波にやってくるなんて「筑波大激推し」な人間しかありえない。
恐らくYさんはそのことをわかっていた。観戦に来るのは私たちだけかもしれないことを。だから身バレが確実になると躊躇したのだ。

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ともかく、私たち2人だけであろうと、観戦に来たからにはしっかり応援しなくっちゃ。

「このへんでいいかな…」
私は、競技場の第4コーナー付近の階段に腰を下ろした。ゴール付近の観客席は学生さん達がいたので、邪魔にならないよう少し離れたところにしたのだ。
すると、そこまで一緒に付いてきていたYさんが、しゃがんでトートバッグの中から何かを取り出した。
記者さんみたいなカメラだ。レンズの取り換えもできる本格的なやつだ。
うわ、すごい!と思って眺めている私に、Yさんは「撮影するのにいい場所、探しに行ってくる!」というや否や、ピューーーーッと去って行った。

えっ、Yさん?Yさん!?
どこ行っちゃうの?

一緒に応援してえぇーーーーー(;゚Д゚)!!!

私はこのとき「(長距離)陸上ファン」の性癖にはじめて気が付いた。
箱根駅伝予選会で、学生さんに応援団の場所をたずねた時「それぞれ適当に…」と彼が答えた意味。3年目にしてようやく腑に落ちた。

陸上の世界での「応援方法」は、野球やサッカーのような対人競技みたいに、ファンが一か所に固まって応援するというスタイルではないんだ。
陸上競技の走種目はスタートとゴールが決まっている。観戦する人達は、自分が思う「応援ポイント」で選手を応援したいんだ。
一見バラバラに見えるけれど、応援する心はひとつ。

しかし…
あんなに「身バレが怖い」ってご本人は言ってたけど、カメラを持った瞬間、人が変わったようにダッシュしていった行動力と、タダモノではない雰囲気。

箱根の神様に誓ってもいい。
筑波大の学生さんたちには、彼女の存在とっくにバレバレだと思う(汗)。

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