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『20年後のゴーストワールド』第2章・ガール・アット・ザ・バスストップ(1)「来るはずのないバス」

確か、この日も私はいつもの通りに、吉祥寺駅へ向かうバスに乗るために最寄りのバス停に向かっていたところだった。少し息をあげて小走りしていたら、突然激しいめまいがした。星が光って、世界がグルンと何回転かした。

霞んだ目を凝らすと、道の傍にライトブルーのデニムのパンツが転がっていた。

「えっ……これは……あの見たことあるやつ……」

気が動転していると、いつの間にかバス停のベンチに座っていた。
いつものバス停とは様子が違った。「NOT SERVICE」と書かれたあのベンチに気づくと私は座っていたのだった。

そして程なくしてあっけなくバスがやってきた。
私が日々乗っている赤い小田急バスではなかった。
あぁ私の元にも待ち望んだバスが来てしまった…… 来るはずのないバスが……なんだろうまたこのギャグ展開は。

私は死ぬのだろうか……あんなに好き勝手に思いのたけをぶちまけた文章を書いてしまったから。「不適切」極まりないから。しかしあの不適切な第一章の文章は遺言でも構わないかもしれない。

私が突然消えてしまっても、情けなくも全力な私の気持ちは残る。飛ぶ鳥跡を濁さず、みたいにスマートに生きられなかった。でもこれからはわきまえない女と言われても、声をあげることに怯えてはいけないと思う。飲み込む優しさと吐き出す優しさの天秤はまだグラグラしていて空をつかむようで、途方もない気持ちに襲われる。何もうまくいかないまま、再び恋もできないまま死ぬのか……このまま死んだら父親に、さすがに申し訳ないな、せめて最期にレベッカに会いたいけど、『今まで出会えたすべての人々に もう一度いつかあえたら どんなにすてきなことだろう』と銀杏BOYZの歌詞がこの窮地に降り注ぐように染みてきた。

そうだ、私の今のこの状況は映画『ゴーストワールド』の体でいるけど、来るはずのないバスの別の線、2024年のクドカンの『不適切もほどがある!』パターンで言うと過去や未来へタイムスリップの可能性もあるぞ……そうだとしたら、まだ本当の母が居る時代に行きたい。

こういう時、場面は決まってスローモーション。
脳内で走馬灯が始まりそうなところで、バスが停まった。

「乗りますか?」

辞めることも、行き先を尋ねることもできたはずなのに私はとっさにバスに乗った。たとえ、行き先が死だとしても乗らないわけはない。だってバスが来たのだから。乗らなくちゃ面白くないでしょう。身も心も弱っていても死なない好奇心があるのが、どうしようもなくこんな時も私は私だった。バスの運転手の顔はよく見えなかったけれど、バスは自動運転ではなさそうだった。

勢いよくバスに乗ると、たった一名、先客が居た。そう、ご想像通りのおかっぱ頭でメガネの真っ赤なワンピースを着た女子が。阿部サダヲは居なかったので、クドカンルートではなさそうだ。

「イ、イーニド……?」と私が言いかけるのをさえぎるようにその女子は眼鏡の奥の目を輝かせながら言う。

「なんてイカしたドクターマーチンなの!」

私が履いていた緑色のマーチンのブーツをまじまじと見つめている。彼女の瞼の綺麗なアイシャドーの金の大粒のラメよりも瞳がキラキラしていた。イメージを裏切らない何色だかすぐに判別できない、変わった色のルージュもすぐ目に入ってきた。

「あっ、これねTHE CLASHのモデルなの、ファーストアルバムの色をイメージしたカラーなの」

「最高!私これが欲しくて死んじゃいそう!」

あっ本当に言うんだこのセリフ……と私はついほくそ笑えんでしまった。

「もし良かったら、あなたに会えた記念にあげる……私あなたのこと大好きだから……あっでもこれサイズUK3だった、さすがに小さいよね、ごめん。というか突然ごめん。今の私まるで「ファンキー!」のあの空気読めなくてグイグイ話かけてくるあの女優志望の人みたいだね」

私は好きな人を目の前にするとつい、早口なオタク喋りをしてしまう。

「いいわ、あなたもパンクが好きなのね」

「イーニド、私映画でとても好きなセリフがあるの……」

「待って……言わなくてもわかるわ、1977年のオリジナルパンクロック、よね」

「さっすが!あのセリフ痺れるわ、大好き」

「あなたとははじめて会った気がしないわ……私も他人のこと言えないけど、あなたの物好きオーラは尋常じゃないわ。笑い方も"物好きさん"って感じがする。きっと私たちいちいち細かく説明しなくても色々わかる気がする……ここに来るまでに読んだわよ。あなたのお話。ちょっと人物相関図が難しかったわね。にしてもあなたのおじさんってシーモアよりキテるわね」

「そうなの!わかる?」

「ええ、ついヤバいやつを観察して、変なニックネームつけちゃうのとか私とおんなじことやってるし!えっと、なんだっけ、重鎮とか、ナチュラルに人を傷つける天才とか、ごめんなさいBOTとか」

「ふふふ、おじさんのこと、ヤバい人ではあるけど、もっとつい会ってみたくなるようなシーモアみたいなキャラにしたかったんだけど、できなかった、ヤバすぎて!」

イーニドは映画『ゴーストワールド』の終わりに、来るはずのないバスに乗ってどこかへ行ってしまった。その行き先は死、だとか、自分の居る何もかもうまくいかないゴーストワールドから抜け出して新たな人生を歩むとか色々憶測を呼んだ。

バスに乗ったイーニドはあれからどうしていたのか。

イーニドがバスに乗って向かったその行き先は、選ばれし特殊なキャラクターだけにオファーがくる仕事斡旋の場所だった。バイトが一日でクビになるようなイーニドも仕事を得ていた。イーニドはこの映画の世界の延長線上で「レンタルなんもしない人」になっていた。正確に言うと「バスの中で世界各国のダメに生きてしまった、人生どん底状態の人と話をする人」になっていた。

イーニドは映画の時と変わらず18歳のままだった。あのまま時が経てば今の私と同じ歳くらいのはずだけど。
あまりに愛されてキャラ立ちしているキャラクターは歳を取らずに永遠にその年齢でいることが設定される運命なのかもしれない。映画版とか番外編のストーリーを除いて、ダメキャラは年を取らない。ドラゴンボールの悟空は歳を取るけど、のび太やちびまる子ちゃんはずっと小学生だ。イーニドもダメキャラとしてずっと愛されているからその枠の扱いがしっくりくる。

イーニドがバスの中でダメ人間たちと話した内容は、バスから降りるとイーニドの脳内からは消されてしまう。それはバスの中で沢山の人と話した知見でイーニドが精神的に成長してしまったら、ダメ人間たちと話が合わなくなって幻滅させてよりダメ人間が他人とわかり合えない苦悩をより深めてしまうからだ。

「成長しないって約束じゃん、か」

私はイーニドに聞こえるか聞こえないかぐらい声で、つい川本真琴の歌詞構文を口にした。

そしてイーニドは言う。
「あの来るはずのないバスをずっとベンチに座って待っていたおじいさんいたでしょう、気持ちが追いつめられた私が心の拠り所にしていたノーマン。ノーマンも死んでいないのよ。私と同じ仕事してるの」

「えっ?そうなの?あのおじいさんはてっきりお迎えがきたのだと思った」

「私が言うのも時空がバグるけど、今の時代はみんな自分の話を聞いてほしいのよ。あなたもこんな文章書いてるからよくわかると思うけど、映えとか承認欲求ってやつ?みんな自分のことばっかり話したがる。だから話の聞き役をしてくれる買い手が多いの。ノーマンはずっとあの調子で、他人の話を聞いているの。特に肯定も否定もせず。でもそれに救われている人も多いみたい。バスの中で相手をするのは私はダメ人間担当だけど、ノーマンはずっと信じることを諦めない人間担当」

なんだかすごい話になってきた。
私は真っ昼間に仕事に向かうためにいつものバスに乗ろうとしていたのに、今乗っているバスはあの映画の終わりのシーンのように車窓から見えるのは薄暗い夜の色だった。

「ねぇ、イーニド、私とっさに乗ってしまったけど、このバスはどこに行くの?」

「どこへも行かないわ。今はただこの暗がりでおしゃべりしましょう。今日はわかんない反省とかいらないわ」

脳内BGM
The Birthday『1977』

文中に出てきたTHE CLASHのドクターマーチン。

私はチバユウスケの写真展に行った帰りにこのマーチンを衝動買いした。THE CLASHにも1977という曲がある。

作中に出てきた川本真琴の曲はこちら
作曲は岡村靖幸

いつか遠くで知らない大人になる
そんなアリガチ嫌だよ

今年のはじめに、某ライブハウスで飛び入りでステージに上がってPUFFYの「アジアの純真」を歌う川本真琴を目撃しました。生きてると面白いことはあるもんだと思った瞬間でした。

第ニ章を書くにあたり、気合いを注入したいなと思いまた劇場で『ゴーストワールド』観てきました!(目黒シネマにて)

第ニ章はまさかのファンタジーです。オーケンの『グミ・チョコレート・パイン』で言うところのパイン編です。
引き続きよろしくお願いします!

クドカンの『不適切にもほどがある!』について

この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
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