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不器用なソ・ダンの気持ちになって考える 『愛の不時着』

いったい何周観たかわからないほど「愛の不時着」が私の人生を占領している。
リ・ジョンヒョクにすっかり恋してしまい、好きなシーンを再生したりYoutubeで関連動画を見つけては眺める日々。

ところで、ユン・セリとリ・ジョンヒョクの恋物語に集中し過ぎて忘れがちだが、多くの視聴者の心を捕えた理想の男「リ・ジョンヒョク」と婚約までしていながら振られた女がいる。

それが、ソ・ジヘ演じる「ソ・ダン」。
鑑賞数周目にしてようやくリ・ジョンヒョク以外のことを考える余裕ができたので、ここではソ・ダンにとっての「愛の不時着」について考えてみたい。


1. ソ・ダンという不器用な女について

若い頃の浅野温子似の美貌を持ち170cmの長身。モデルばりのスタイル。
美貌ゆえかプライドが高く他人に打ち解けない性格のソ・ダン。

彼女は北朝鮮の金主(資本家)の一人娘。
第3話で物語のキーパーソンとして、留学先のロシアから帰国し颯爽と登場する。
リ・ジョンヒョクの婚約者である彼女は彼に会うことを心待ちにしている。

ソ・ダンとリ・ジョンヒョクは中学の同窓生でもある。
実は彼女は中学時代からリ・ジョンヒョクに片思いをしているが、肝心のリ・ジョンヒョクはソ・ダンのことを憶えてすらいない。

そんな二人が政略結婚で婚約するものの、リ・ジョンヒョクの兄の死によって結婚が延期になってしまう。そのせいでソ・ダンは、10年の長きにわたり「リ・ジョンヒョクの婚約者」という立場のままいたずらに時間が過ぎることになる。

ソ・ダンは気位高く気も強いが恋に対してはまるで少女。
プライドの高さゆえに素直になれない不器用な女だ。
見方を変えればそこが彼女のかわいいところでもあるのだが、リ・ジョンヒョクがそれに気づいているとは思えない。もっといえば素直じゃない彼女と心を閉ざしている彼は良い相性とは言えない。

しかし、ソ・ダンは初恋の人リ・ジョンヒョクの妻となることを信じ、その日を心待ちにしていた。


2. リ・ジョンヒョクはソ・ダンをどう思っていたか

そもそも二人が婚約後に会った回数は数える程度。
リ・ジョンヒョクは中学時代のソ・ダンを憶えていないこともあり、婚約者として彼女に敬意を表しているものの関係はそれ以上でもそれ以下でもない。
まあ、政略結婚というのはそういうものなのかもしれないけど。

リ・ジョンヒョクには兄の死により人生を変えることを余儀なくされた過去がある。ピアニストになる夢を捨て兄の代わりに軍人となったのだ。また敬愛していた兄が死んだ悲しみから心を閉ざし、それ以降与えられた宿命を淡々と生きている。

そんなところにユン・セリの登場だ。
ソ・ダンにとって突然現れたこの恋のライバルの勢いはすごかった。
出会いを含め、ユン・セリとリ・ジョンヒョクの身の上におきる出来事全てが衝撃的で展開が早い。そうこうしている内にリ・ジョンヒョクはユン・セリに急速に惹かれていく。ここでは10年待った婚約者の出る幕はない。

ソ・ダンは「婚約者」という最強のカードを持っているが、だからと言って相手の心を手に入れることができるわけではない。実際にリ・ジョンヒョクはユン・セリを愛する自身の気持ちを確信した翌日に「好きな人ができたので結婚できない」とソ・ダンに告げ、脆くも婚約者カードが玉砕する。

確かに、自分の想いに気づいた翌日に婚約破棄を告げるリ・ジョンヒョクは誠実といえば誠実。
しかしソ・ダンからすれば青天の霹靂。
頼みの綱だった婚約者というカードの威力が消滅したことはもちろん、端的に言えば好きな人に振られたのだ。
今までのように冷静な態度を保つのも限界だ。

もちろんその予兆はあった。
ユン・セリの存在はもちろんだが、リ・ジョンヒョクのツレなさがすごいのだ。
ソ・ダンは彼に言う。

「婚約の次は結婚。順番はあっている。でも何か抜けていない?
恋愛が抜けてるわ。結婚するんだから恋愛しないとね」

それに対しリ・ジョンヒョクの返答は

「努力するよ」

「仕事じゃないんだから」とツッコミを入れたくなるようなこの言葉からは、情熱のかけらも感じられない。こんなこと言われたら普通は絶望する。なぜなら「君には興味がない」と言われているのと同義だから。

リ・ジョンヒョクからすれば自分がソ・ダンの初恋の相手だとは知らないし、ソ・ダンにしたって親が決めた相手だから自分と結婚するくらいにしか思っていない。なんせこの「努力するよ」発言の時点で二人が会うのは婚約後7回目(うち4回は両親を交えて)なので、盛り上がらないのも無理はない。

でも、もしソ・ダンがもっと前に素直に自分の気持ちをリ・ジョンヒョクに伝えることができていたなら、リ・ジョンヒョクの気持ちも二人の関係も違っていたかもしれない。

ともあれ、リ・ジョンヒョクにとってソ・ダンは数回会っただけの婚約者にすぎない。ある意味結婚の本質ではあるが、彼女はただの「契約の相手」なのだ。
もちろん契約不履行は悪い事とわかっているので、せめてもの償いとして誠意を持ってその事実を彼女に伝えた。好きな人ができた以上、彼には契約の意味がなくなってしまったのだから仕方がない。


3. 好きな男が別の女に惹かれていくという残酷

考えてもみてほしい。

数年ぶりに心躍らせ婚約者に会いに行ってみたら、知らない女が彼の家で暮らしている。これだけでも許せないのに再び平壌のホテルで一緒にいる二人に会うことになる。仕事仲間だと紹介されたユン・セリだが、それだけの関係ではないことは明らかだ。
極め付けは銃で打たれ入院している婚約者の病室で見つけたハートの継ぎはぎがされた軍服。
どこに行ってもユン・セリの影がある。

感情を表に出さないソ・ダンがリ・ジョンヒョクに初めて強い想いをぶつけるのはこのハートの継ぎはぎを見つけた病院。
彼女はリ・ジョンヒョクに「結婚できない」と言われた時、そしてセリを助けに行こうとする彼を止めようとした時に、ついに感情を爆発させる。

だがリ・ジョンヒョクの態度は冷淡だ。
彼はユン・セリこそが自分の大切な人であると、10年間も婚約していたソ・ダンに淡々と説明するのだ。それが彼女を地獄の底に突き落とす。


ソ・ダンにとってみればリ・ジョンヒョクの態度と言葉は悲しく、悔しく、決して許せるものではない。
ここから彼女の恋は執念に変わる。

ソ・ダンは婚約者に「ユン・セリが南へ去ったら彼女への感情は忘れてしまうはずだ」と食い下がり、「好きな人がいようがかまわない。結婚する」と言い放ち、ユン・セリのせいで立場が危うくなるかもしれないリ・ジョンヒョクを自分のやり方で守ると警告する。

一般的に考えれば、去ろうとしている者を追いかけるのは愚の骨頂。
でもソ・ダンにそんな現実は見えない。
そりゃそうだ。婚約者から「そこまで言うか」と思えるほどの拒絶の言葉を投げかけられ、心はズタズタに引き裂かれてしまったのだから。

彼女は彼と結婚する夢と中学時代からの恋、そして自分のプライドを守るために必死になる。しかしその努力は報われることなく、ソ・ダンの届かない想いは絶望と化し、相手に抱いていた愛情は憎しみに変わる。そして10年という長すぎる時間がこれらの負の感情に重みを加えることになる。

残念ながらプライドが高く自分の感情を表に出せない彼女は、こんな時でも「私はずっとあなたが好きだった」とは言えない。
ユン・セリのように相手の心に入り込み、相手に好きだというサインを送ったり、媚びるような仕草(嘘であっても)をしたり、肩にもたれかかるようなわかりやすい感情の表現は彼女にはできない。

ちなみに個人的にはソ・ダンの不器用さに共感している。
彼女は恋愛ではうまく立ち回れず損をするタイプ。切ない話だけど。


4. 心を溶かすク・スンジュンという男

相手に心を開いていないという意味ではリ・ジョンヒョクもソ・ダンも同じだ。
そんな二人はお互いの感情をぶつけ合うきっかけがない。
ある意味似た者同士なのだ。
リ・ジョンヒョクとソ・ダンは互いに素の自分を晒け出せる相手ではなく、そう言う意味で二人が恋愛関係になるのはそもそも難しかったのかもしれない。


さて、ソ・ダンを語るに欠かせない男がク・スンジュン。
根っからの悪ではないが詐欺師である。
詐欺師だけあって口のうまいク・スンジュンは、恋愛に不慣れなソ・ダンに恋愛指南をする。そうしているうちに二人の距離が徐々に縮まっていく。

やがてク・スンジュンの前ではベロベロに酔っ払うほど素の自分を出せるようになるソ・ダン。酔いながらク・スンジュンにリ・ジョンヒョクに対する苦しい胸の内を打ち明けたりする。なんとも思っていない相手だからできる行動だけど、これも不器用な女にはありがちだ。好きな人にこそ見せるべき姿をどうでも良いところで披露してしまう。

ともあれ、ソ・ダンは自分への関心と好意を素直に表現するク・スンジュンに心を開いていく。

この展開は非常に納得。
ソ・ダンのような心が硬い女にはそれを溶かす男が必要なのだ。
リ・ジョンヒョクの心を溶かしたのがユン・セリであったように、ソ・ダンにとってはそれがク・スンジュンだった。


やがてク・スンジュンの恋心はソ・ダンにも伝わる。
よくあるパターンだけど、好きな人には思われず、側にいた恋愛対象として意識していなかった男に好かれ、いつしか彼の良さに気付いていくみたいな展開。

でも、女は男に思われる方が幸せだ。
特にソ・ダンのような不器用な女にとっては。


ところで恋愛関係には様々な形がある。
お互いを高め合う関係、癒し癒される関係、憧れや尊敬を感じ合う関係など。

ソ・ダンとク・スンジュンの関係はどうだったのだろう。

ク・スンジュンはソ・ダンの冷たい仮面の下に隠れた少女の部分を理解していた。その一方で凛として度胸の据わった彼女に尊敬の念も抱いていた。人を騙すことを生業としてきた男が「彼女の前では良い人間でいたい」と思う程、彼女の魅力が彼の心を動かした。

しかしク・スンジュンは追われる身。
彼はヨーロッパに逃げる前夜、ソ・ダンに指輪を渡し告白する。

「俺みたいな男がダンさんにこんなことをしてはダメだと分かってる」

「いつかまともな男になって君を訪ねてきたら、もしその時もダンさんが独りでいるなら、僕に一度だけチャンスをくれ」
「ダンさんが好きだ。好きだから進むべき道を行く。まっすぐ生きるよ。俺は変わる」

ク・スンジュンにとってソ・ダンは憧れや尊敬の対象であり人生の希望だった。
一方のソ・ダンにとってク・スンジュンは素の自分を愛してくれる癒しの存在であり、いつの間にか大切な人となっていた。


しかしヨーロッパに旅立つ直前、ク・スンジュンは人生の決断を迫られる事態に遭遇する。
このままヨーロッパに逃げるか、それとも自分のせいで捕らえられてしまったソ・ダンの命を守るか。
ク・スンジュンは後者を選ぶ。自分の全てを犠牲にして。

その結果、ソ・ダンの恋はク・スンジュンの死によって実ることなく終わってしまう。息絶えるク・スンジュンに触れながら号泣するソ・ダン。やっと出会えた愛する男、そして自分を愛してくれた男を失ったのだ。



ユン・セリとリ・ジョンヒョクがハッピーエンドを迎える一方で、ソ・ダンは2つの恋を失った。
婚約者で初恋の人だったリ・ジョンヒョクとの恋、そして自分を大切に愛してくれたク・スンジュンとの恋を。


ふと考える。
ソ・ダンの目的地はどこだったのだろうか。

間違った電車が時には目的地に運ぶ


これはユン・セリが「将来のことは考えない。考えてた将来と違ったら悲しくなるから」と語るリ・ジョンヒョクを励ました時の言葉。




ソ・ダンはユン・セリやリ・ジョンヒョクのように間違った電車に乗って、目的地にたどり着くことができたと言えるのだろうか。


それはよくわからない。
いずれにしてもソ・ダンは自分の生きる道を模索し前に進む。
深い悲しみの末、ク・スンジュンの死から立ち直ろうとする彼女は非婚の道を選び、自分の人生を歩いていく決意をしたように見える。

そうなのだ。
恋は叶わなくても人生は終わっていない。
強く生きるかっこいい女として描かれているソ・ダンの前向きさに救われる。

二度と帰ってくることのない人への想いを胸に秘めながら、自分の人生を生きるソ・ダンは美しいと思う。

トップ画像:tvN「愛の不時着」公式サイトより引用
http://program.tving.com/tvn/cloy



(day45)





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