パール・バックの著書『大地』は自分の生き方を見つめるうえで参考になる本

彼は夜に向かって大声で笑った。自分はついさっきまで何を恐れていたのだろう?

「ぼくたちは何も恐れることはない」

元のこの言葉で、小説『大地』は終わった。

この本の解説には、このように書かれている。

著者パール・バックは農民の王龍夫婦にはじまる中国人一家の人生をじつによく理解して、同情をもって彼らの不幸を描いている。その理解の公平さがとくによく現れているのは、第三部で王龍の孫にあたる王元が留学したときに心にいだくアメリカ批判の部分かもしれない。

パール・バックは、王元に代わってアメリカ文化の優れた点を讃える一方で、ほとんど王元自身と化した目でアメリカ文化の欠点や堕落ぶりを指摘し、反面で疎外感からナショナリティックになる王元の、均衡を失した中国礼賛にも冷静な批判をくわえている。

人間はどうしても…身内びいきをしてしまう生き物である。と同時に、「身内なのだから…これくらいは…当たり前だろう」という感情も出てくる。

王龍の3人の息子達は、兄弟であっても内心は相手を見下しているものの、兄弟が力を持てば、自分を助けてくれるだろうという期待を持っていた。


これらの人間としての感情は、家族から派生し、親戚だけでなく、身近なコミュニティにも同じように存在するもの。超少子高齢化社会となった日本社会も、この王龍一族の繁栄と家族の死と、そこに生まれ育った新しい人達の考えと生き方に重なる部分があるように思う。

私が読んだこの本は小野寺健(たけし)さんによって訳され、1997年に発行された。1997年の中国と英国では、このようなことがあった。

155年の英国統治に幕。香港が英国から中国に返還され、「一国二制度」が始まった。写真は中国の江沢民・国家主席や英国のブレア首相、チャールズ皇太子らが出席して開催された返還式典=7月、香港【AFP=時事】

8月、パリの自動車事故で亡くなったダイアナ元英皇太子妃の葬儀がロンドンのウェストミンスター寺院で営まれ、ひつぎに付き添う左からウィリアム王子、スペンサー伯爵、ヘンリー王子、チャールズ皇太子=9月【AFP=時事】

92歳で死去した中国の最高実力者、鄧(トウ)小平氏の遺体に最後の別れを告げる遺族と中国指導者ら。同氏は3度失脚するも復権。実権を握った1970年代末からは改革・開放路線を推進した=2月、北京【AFP=時事】


『大地』の解説には、このようなことも書かれている。

歴史にはつねに動乱が存在する。人びとは、そのなかでなんとか幸福をつかもうとしながら生きていく。パール・バックは、こういう人生の姿を描こうとした。


私は歴史小説が好きで、今までもいろいろと読んできたが、登場人物一人ひとりが、自分の中にも他人の中にも存在しているのではないか、と感じた小説を今まで読んだことがなかった。

だが…本当に「読んだことがなかった」のだろうか…?

「読んだことがなかった」のではなく、そのように捉えて「読んでいなかった」のではないか?と自問した。これまでも、いつも他人に当てはめて読んでいて、「そういう人っているよね」と思っていて、心のどこかで、自分はそのような人間ではない、と思っていて、それを「読んだことがなかった」と思い込んでいたのではないだろうか…と。

もし、自分が王龍のような貧乏人から土地をたくさん買えるような身分へとなった時、王龍のようにならないといえるのか?といえば、ならないとは断言できない。それほど財や権力を築くことで大きく変わる環境は、人間の行動を変えるからである。自然と足を運ぶ場所が変われば、目の前にある物が変わり、つき合う人も変わる。人間がもつ本能を満たしてくれる場所で満足感を得ることが、幸福につながるからである。

それが王龍の3人の息子それぞれの価値観となり、それぞれの人生となったといえるのではないだろうか。

価値観が変われば、価値観が合わない人とは付き合わなくなる。それは、自分が興味を持てないことを勉強するのは苦痛であり、長続きしないからというのと同じなのではないだろうか…。

今の日本には、貧しい時代も豊かな時代も経験している人達が、それぞれ生活をしている。

解説を取り上げたのは、解説を読んでみることで、著者パール・バック、中国に興味がわくこともあるからである。どこで興味が湧くのか、それは自分がやってみないとわからない。

解説を読んでから自分の興味あることへと進むという勉強方法もある。長編の読みものの入り口は、自分が興味を持ったところから始めるほうがいい。それは人生でも同じなのではないだろうか。

パール・バックのように身内に対しては甘く冷静な批判ができなければ、どのようになっていくのか、『大地』で描かれている様々な人達の生き方から学ぶこともできよう。そのような意味でも、この『大地』は自分の生き方を見つめるうえで参考になる本であると思う。