Aftermath - それでも日常は続く
その日 - 5時にいつも通りぱちりと目が覚め、わずかに出ている顔を撫でる冷んやりした早朝の空気から避難するようにもぞもぞと頭ごと温いフトンに潜り込みながらスマホで「結果」をチェックした私はー自分でも驚いたのだがー思ったより感情的な揺れを感じなかった。もちろん、トンと胸を突かれたような小さな衝撃はあったと思う。でも、そうか、やっぱりそうだったか、と思うと同時にまぁなら、なぜそうなったのかの説明を作るのが仕事だよなぁ、頑張らないとと謎に使命感を新たにするなどしたのだった。ビッグすぎること言うなよ、と言われそうだが、仕事人たるものそれなりに使命感を持って仕事にはあたるべし、と個人的には思っている。(少なくとも私にとって研究は”self”が入り込んでいてとてもdetachしてalienateできるシロモノではない - 幸運なことに。)
キャンパスに行くと - 特にうちの社会学部のビルは - 完全にお通夜状態だった。というかそもそも人がいなかった。かろうじている人たちは挨拶の代わりに暗い顔で目線を交わし、無言で首を振る、という感じだった。
或いは、怒れる責任問題議論が異なる一角では始まっていた - 国民の大半を見つめず、一部のリベラル層としか対話ができなかった民主党キャンペーンの愚かしさのせいだ、との論である。或いはまた別の一角からは、結果は”pathetic”だが予想はついていた、というシニカルな声も聞こえた。「爆弾を落とし続け同胞のジェノサイドを続ける政府になんで投票しなきゃいけないんだ?」ということらしい。
ぐつぐつ煮立ってきていた鍋の蓋が選挙結果という「蓋の外し」によって一気に可視化された感じ、だった。
アメリカ国務省がスポンサーのビザによって「移民」的に博士課程をやりにきている身からすればリアルな生活世界的意味で言えば全くもって面白くない状況ではあるのだが、いかんせん人種や国籍・エスニシティに関わる差別・偏見が関心の中心である研究者(の卵) 的には、ほら解いてみろ、と言わんばかりのパズルが目の前にドーンと置かれたような状況である。よっしゃやったるわ、と袖捲りをするような心持ちにならざるを得ない。
まぁとはいえ結構直近で心配なことはあって、ビューイングナイトをホストしてくださった先生は鎮痛な顔で、授業で政治的なことを喋るなというメールが大学から教員に送られてきたのよ、とこぼしていた。(聞いた瞬間うちに授業をとりにきているポリサイPh.D.の子がすかさず「政治的なことを喋らずにどうやって研究しろって??頭おかしいんか??」と目を白黒させながらシャウトしていた。)
フルブライトからも、新政権から ”デモや署名活動など政治的活動に参加しているフルブライターがいるので”、プログラム予算を減らすとの通知を受け取ったとの注意喚起が回ってきた - テイクホームメッセージ的には、プログラムの存続 (と今出ているビザ) を危うくするような行動は慎むべし、ということである。まぁ将来のフルブライターに迷惑をかけたくはないのでその通りだとは思うが、同時に声を失う感覚を経験していることは否定できない。日本語で政治的、と書くと一般的にあまりポジティブに受け取られないことは身に染みてわかっているが、様々な形でmarginalize (周縁化)されてきた人たちにとっては、それはシンプルに生の叫びであることを、私は知っている。だからそれを否定することは、声を奪うことなのだ。大切な人たちをガザに置いてきた彼らの血を吐くような叫びに対して無言を強いることは、あまりに残酷だ。
まぁただ、私のちょっと分析的すぎる反応は冷たくうつってしまったようだった。奴に投票した連中の気が知れない、全く理解できない、恥ずかしい、ととある同僚がほとんど怒っていたので、まぁそうね、だから彼らがなんでそうしようと思ったのかを説明するのが私らの仕事じゃない?と返したのだが、なんだかちょっと冷たすぎる一言になってしまったようで、その人は悲しい目をしながら「…せめて一週間は怒らせてよ」とつぶやいた。私は….社会学を始めてから、怒る、ということが減ったように思う。ある立場から非常な不条理、非合理的な態度・選択に見えることでも、人がそこに行き着く理由がある、と思うようになったからだと思う。まぁ完全な説明なんて作れないだろうけど、でも思ってる以上に大部分を説明してくれる既存の説明が、先人たちの努力のおかげで、存在するのだ - それになんだか救われたのかもしれない。なんであの人は差別的態度を持っていたんだろう、なんであの人はあの時ああ振る舞ったんだろう - その時は理解できない不条理に押しつぶされそうだったけれど、今はいくつか思い浮かぶ説明がある。そうすると、冷静でいられる。まぁ研究が私にとっては精神の安定を保つ薬になっているのかもしれない。
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11月も後半に入り、thanks giving休暇も目の前だ。未だに初雪が来ておらず気温も日中10度を越すなど妙に温かい日が続いている。温かいに越したことはないのだが、一方で冷凍庫のような昨年の冬が妙にエンターテイニングだったような気もしていて (単に記憶が美化されただけかもしれない、多分そう)、雪まだかなぁと待ち侘びる今日この頃だ。