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探訪記:禅と雨とモーターサイクル[#1]

大好きな本『魂の文章術』。その著者にゆかりのある福井県のお寺を訪ねたときの話です。排気量200ccの自動二輪で行きました。全部で6話あります。
 
あるサイトに過去に寄稿した文章なんですが、サイトのシステム変更に伴って記事の公開が終了してそれっきりになっていたので、noteで読んでいただけるようにしました。

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明けがたのラジオで、高速道路の一部の区間でチェーン規制が出ていると伝えられていた。

名神・米原JCTから分岐して北陸道に入ったとたん、いっぺんに視界がわるくなった。霧状の雨がヘルメットのシールドを濡らした。空から落ちてくる雨なのか、それとも四輪タイヤがあげる水しぶきなのかわからなかった。大粒の雨ならシールドを流れてくれるのに、あまりに細かい雨は、左の手袋で拭っても拭っても、一瞬で視界を真っ白にした。

道路の両脇の草地にはしっかり雪がかぶさっている。‘雨!スリップ注意’ の表示。道路傍の ‘チェーン装着場’ をいくつも通り過ぎる。うわー、ここで転倒はさすがにあかんやろと思いながら右手のアクセルをONにしつづける。深呼吸しようにも、吐く息で今度はシールドの内側が曇ってしまう。朝、大阪の自宅を出発したときは降ってなかったというのに。

正月の休みはこれといった予定などない…はずだった。28日の最終開館日に図書館から借りた本を読み、缶ビールなど飲みがてら、午後の早めの時間に自転車コギコギお風呂屋さんに行ったり、のらりくらりちっとも片付かない部屋をそれでも一応掃除したりしていた。どのラジオ局もただ騒々しいだけなので、敬愛するナタリー・ゴールドバーグの朗読テープをわたしは聞きはじめた。30日の午後のことだ。

このオーディオ・テープ版 “Long Quiet Highway” のいいところは、本にはない著者インタビューが収録されているところ。カセットは6本あり、収録時間はトータルで8.5時間。そのうち6本目がインタビューで、以前からこのパートをわたしはくり返し聞いていた。この日は4本目から聞きはじめ、ナタリー自身の声によって語られるその世界に、どんどん引き込まれていった。

5本目のB面を再生中、あることにわたしは気づいた。‘Part Five’ が出版されている本より、いくぶん長いのではないか。そうなのだ。音楽CDふうの言いかたをすれば、ボーナス・トラックなのだ。しかもインタビューとは別に、本文自体に続きがあるとは。そして驚いたことに、その印刷されなかった部分のストーリーは、著者ナタリーが日本を訪れたときの話なのだ [1]。

このカセットを購入してから2年近く経つというのに、わたしはそれに気づいてなかった。なーんという愚かさ。彼女が日本に来たことがあるのは、ごく短く他の著作で触れられていたから知っていた。きっと京都あたりを観光したのだろうぐらいにわたしは思っていた。

印刷された本では、生涯の先生だった片桐大忍老師を亡くした後、ティク・ナット・ハンと一緒に瞑想し、やがて1991年に湾岸戦争が始まると、サンタ・フェの町の真ん中で平和のために黙想するところで話は終わっていたのだった。それが全てだとわたしは思っていた。でもそうではなかった。朗読テープによるとその後ナタリーは、片桐老師が1963年に渡米するまで暮らしておられたらしい、日本海沿いの小さな小さな町のひとつを訪ねてゆくのだった。

ナタリーは語っていた。京都を電車で出発、琵琶湖を眺めつつ北上、「スルガ」に着く。そこからバスに乗りかえ「キタダ」で降りる。小さな町に寺がある。
彼女の発音する「スルガ」とは日本海側なら「敦賀 (ツルガ)」のことに違いない。それはそうとして、「キタダ」とはいったいどこなのか。

Macintoshを起動して郵便番号検索ページを開く。地名はカタカナで入力してくださいとある。漢字はわからないから好都合だった。1件ヒット。「〒919-1204 福井県三方郡美浜町北田」。

続けて地図サイトで美浜町北田附近を1/8000表示するとお寺のマークが2つ、神社の記号が1つあることがわかる。ほんとうにここなんだろうか。さらに「寺院名簿 (美浜町内) 宗派別」というページを見つけるが、北田に曹洞宗の寺は載っていない。
さらに「曹洞禅ネット」というサイトで駒澤大学内の曹洞宗・教化研修所が発行した会報に「片桐大忍・北米開教二十五年」という記事があることなどがわかる。

明日は31日。何も大晦日に行くことないのだが、じっとしてはいられなかった。自分の住む土地から150キロほどのところなのだ。ミネソタに比べれば ‘すぐそこ’ と言ってもよかった。

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✻読んでくれてありがとう✻