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探訪記:禅と雨とモーターサイクル[#2]

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敦賀インターで高速を降りる。標識が示す敦賀市街へ向かう。JR敦賀駅前のロータリーに13時30分。出発して約4時間。あったかい缶コーヒー。ブーツが水びたしで重たい。

駅前に立つ地図看板で敦賀湾の方向を確認。地図横に並ぶ宿泊広告から適当な宿に電話。ひとまず今夜のベッドが確保できた。駅の3つ並んだ公衆電話の入り口に、化粧のやたら濃い女性がタバコをふかしてしゃがんでいた。車を待っているんだろうか。

わたしが電話しているあいだ、通りがかりの杖を手にしたおじいさんが、グレーの半纏 (はんてん) から出した自分のタバコに、知り合いでもなさそうなのに先の女性から火をもらっているのが電話ボックスのガラスごしに見えた。大阪の真ん中では見ない光景では?などと、頭のかたすみで思った。

ナタリーの語りによると、敦賀駅に3つあるバスのりばのうち「ナンバー・ツー」が北田ゆきであるらしい。今もバス停は3つあった。そして2番のりば表示をみると、16個目に「関電社宅前」があり17個目のストップが「北田」だった。

ナタリーはここで和食屋に友人とともに入り昼食をとっている。注文したあと彼女たちはバスの時間まで15分しかないことに気づき、店員にむかって腕時計を指しながら「ファイブ・ミニッツ、ファイブ・ミニッツ、ファイブ・ミニッツ」と3回言ったらしい。

わたしは適当な定食屋に入った。ひとりも客はいなかった。親子丼を食べたのだが、たんなる卵かけごはんに近いひどい味だった。湯飲みをテーブルに置く音が静まりかえった店内にひびきそうだった。女性の店員さんは、うっとうしい天気のせいか、なにやら困ったような表情を始終していた。

国道8号から27号に右折、西へ向かう。北田のバス停はすぐ見つかるんだろうか。比較的新しそうな高架道路を走る。敦賀市街を一歩出たなら、田畑がつづくいなかの風景が広がる。あいかわらず小雨。山々は濃いグレーのまま雨につつまれておし黙っている。寒い。国道だけがのびている。

ナタリーがバスに乗り込むとき運転手に「キタダ?」と訊き、走り出してからも何度もくり返し「キタダァ?キタダァ?キタダァ?」と言うものだから、しまいには乗客全員がナタリーの降りる「キタダ」を覚えてしまった、という一節を思い出す。

どんどん市街をはなれてゆき田畑の間を進みながら「あぁ自分は、こんなところまで来ちゃったよ、ほんとうにこの道であっているんだろうか?」と心細くなり、くり返し「キタダァ?」と確かめずにはいられない気持ちは、いまならオートバイのわたしにもよくわかる。

長さ1,790メートルのトンネルを抜け、山をひとつ越えたなら町のひとつが見えた。「赤い屋根のお寺」があるはずだがそんなものはない。いやまて、バス停が先だろう。

そう思いながらさらに走り、ゆるいコーナーをひとつ抜けたなら、目の前に突然ぱっと広がったのは、冬の日本海だった。そうだ、ナタリーも言っていた。かのお寺からは日本海がのぞめたということを。片桐老師の妻のトモエさんからナタリーが教えられたのと同じように、ナタリーの語りに教えられたとおりに、ここまで来た。

ナタリーは、北田のバス停とお寺の写真を見ながらトモエさんに説明をしてもらったらしい。しかし、そのバス停が、ない。いや、ひとつふたつあったがどれも北田じゃない。駅の看板に書いてあったバス停の名前など覚えていやしない。

しばらくして自分が再び高架道路を走っていることに気づく。そんなはずはない。行きすぎだ。ガソリン・スタンドの屋根の下に入り、従業員に声をかけた。「すみません、この辺にキタダって町、知りませんか?」「いやぁ、わかりません」。従業員でない人のほうが良いかもしれないと思い、給油中の車の運転席に座る女性にも訊いてみたが、怪訝そうに頭をかしげられるばかりだった。困った。

次にファミリー・マートが見えてきたので、地元の地図をチェックすることにした。附近の海水浴場を紹介する地図があったがそこに「北田」の文字はない。しかし地形に見覚えがある。ネットで見ていたからだ。「北田」の手前に位置する「佐田」を見つけた。いつのまにか反対方向を走っていたみたいだ。

引き返すと海沿いの道に一度通ったバス停があった。そして明かりのついている電気屋を見つけた。「すみません、キタダってこの辺じゃないですか?」「サタ?サタァ?サタはあるけどキタダなんてねえよ」男性は怒ったような口調でそう言って中に入っていった。いやあるはずだ。荷物から地図帳に挟んであったウェブ・ページのプリントアウトを出して見ていたら、軽トラックが1台、オートバイの後ろに止まり、おばあさんが降りてきた。

おばあさんも「北田」を知らなかったが、地図に載っている郵便局が電気屋と同じ並びにあるとわかる。「ほれ、あそこ、郵便局」すぐそこだった。この先の三叉路を左にゆけば、すぐ近くが「北田」のはずだった。そうかこの三叉路をさっきは間違ったのだ。それにしても隣町ですら「北田」を知らない。どれほど小さな町なのか。

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