マガジンのカバー画像

幻肢

7
運営しているクリエイター

記事一覧

駅ビルの少女娼婦

 首筋にかぷりと噛みつく。十二歳の女の子が。三十過ぎの男性に。その光景はある意味微笑ましくもあり、同時に恐ろしくもある。目には見えない赤いフィルターがかかる。頭の中にある記憶とイメージがそうする。ぞわりと背筋に悪寒のような、歓喜のような震えが走る。わたしは自分の首が噛まれたかのように、そっと自分の首筋に手を添えた。

 歯を磨く。十二歳の女の子の歯を。その子は金色の髪を長くして、背中に流して。ドレ

もっとみる

soft light

 お風呂上がりで火照った身体を、少し上のほうからベッドに落とす。落とされた彼女は、ほぉっとゆるく淡くほの熱い息を吐き、天井の蛍光灯の明かりを見つめて、眩しそうに目を細める。そっと首を傾ける。意思のない人形を思わせる仕草で、その無機質さが愛しかった。
 乱暴な子供が戯れにそうしたように、人形には手足がなく、バスタオルが巻かれている。柔らかで乾いたタオル越しに見える線は、凹凸が少なく、幼く見えて、彼女

もっとみる

袖を摘んで少し後ろをついてくる可愛い妹

 夜中に小腹が空いて、コンビニへいこうと玄関で靴を履いていると、物音を聞きつけたらしい妹が階段を下りてきた。私を見つけると廊下をぺたぺたと鳴らしながら近寄り、玄関先までくると裸足の指で靴を引き寄せて、「どこいくの?」と聞いた。ついてくる気満々だ。
「コンビニ」
 短く答えると、妹は「ふーん」と適当な相槌を打って、「あたしもお腹空いた」と聞いてもいないことを言った。私も「ふーん」と興味のない調子で返

もっとみる

両腕のない彼女

 ベッドでうつ伏せになって本を読んでいると、両手のない彼女が被さってきた。彼女はそのままぐりぐりと僕の肩に頭を押しつけてくる。「かまえ」という合図だ。
「んー?」
 よくわからない振りをしてぺらりと本のページを捲ると、彼女は一旦身体を離して、肘までしかない腕の先で僕の背中をごすんと突いた。続けてごすごすと僕の背中に攻撃を続ける。腎臓を狙って突くのは止めて欲しい。仕方なく身体をずらして避け、ベッドに

もっとみる

フリークライミング

 よっ、と声をあげてスイは跳んだ。
 裸足で、ほとんど垂直に見える斜面を蹴る。何億年も昔からそこにある石は、表面がつるつるとしていて滑りやすい。それでも彼女はすいすい登っていく。右足の指を溝にひっかけて。右手で微妙に突き出た縁を掴んで。左足を次の高さの出っぱりにのせて。
「三点支持」
 頭の中で彼女の声がこだまする。さっきした会話を思い出す。
「モクヨウは登らないの」
「だって、落ちたら怖いし」

もっとみる

梨を剥く話

 頬に当てられた剃刀を連想する。よく磨かれたナイフは鋭く、するすると梨を剥いていく。人差し指と小指でナイフを押さえ、曲げた薬指で梨を支え、親指と中指で梨を回す。バランスを取るために指はときどき役割を替えるが、その動きに淀みはない。彼女の指の動きはしなやかで、つい見とれてしまうことがある。
 残暑が続いていたけれど、ようやく秋らしくなった。彼女と初めて会ったのは冬のことで、それから今までの年月を数え

もっとみる

カレー、シチュー

 六歳児の作り物のような手が私の肌に触れる。私の右頬に。触り心地のよいヘッドドレスには興味を示さない。小さな彼女の手は熱くすべすべしていて、私の右の頬はそれよりも冷たくでこぼことしている。元々体温が低いのか、事故で焼け爛れたせいで温度が上がらないのか、よくわからないけれど、彼女はこの感触を気に入っているようだった。
 無遠慮にべたべた触ってくる。毎度のこと。気持ちの微かなざわつきは、彼女の満ちてこ

もっとみる