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【ネタバレ】変態が死にます「陰獣/蟲」江戸川乱歩

東野圭吾が100通りの殺人方を考えても、人を殺したくてしょうがない人とは思えないが、江戸川乱歩は女の部屋を覗く場面が3回出てきただけで、書くことでなんとか現実世界で実行せずにすんだ人として認識してしまう。

角川ホラー文庫の「陰獣」を読みました。カップリングに「蟲」が収録されて、特別な装丁と解説が入っている。シングルカットされたCDみたい。

陰獣は代表作のひとつと聞いて期待して読んだから、なんちゅうヘンな作品だと笑ってしまった。

作者本人を思わせる元彼がストーカー化して女性のもとに脅迫状が届く。
どこから見ているのか、彼女が何時に何を読み、何を食べたか、手紙に細かく行動が書かれている。
おびえる姿に興奮した犯人は天井裏にひそんでみたり、ちょっと視界にはいって驚かせてみたり、フリーダム変質者ライフを謳歌したあげく、謎の死に方をとげる…のか、とげてないのか。

今の緻密なミステリーと比較すると「なんだこれ?」と思ったけど、文章が簡潔で、死語になっている単語がでてきても流れでなんとなく意味が分かるし、読みやすいのに安っぽくない、絶妙なラインを通している。

江戸川乱歩は、たまにある脱力もののオチが面白くてページをめくってしまう。
これで全作品が緻密に計算されつくしていたら、息苦しくて読めない。

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「陰獣」でガードが下がったところで「蟲」

「蟲」。人間関係が極端に苦手な男が、隠れ家をこしらえて陽が差さないところでずっと、石の下のダンゴ虫みたいな人生を送っている。

そんな男がきれいな女の人に初めてふつうに話をしてもらったことで、自分に気があると勘違いして最終的には猟奇的な殺人事件に発展する。
題材は似ているけど、陰獣がミステリー、蟲は本人視点の純文学っぽい暗さ。

Twitterで、女性に気持ち悪いと言われるのが普通だった人が、アイドルの握手会で目を見てありがとうと言われて感動したと呟いていた。
勉強はできるけど人と話せない。俺はこの生き方でいいんだと強がっても、輝く青春が自分の人生のルートに用意されていなかった悔しさが胸に残ったまま。

好意はエスカレートしていき、主人公は相手の行き先に目星をつけて、土壁に穴をあけてぴったりと体をくっつけて様子をうかがう。
現代で好きな人のSNSアカウントを必死で探したり、スマホを覗き見したりするのと同じだ。ツールが変わっただけ。

しかし、ストーカー行為がエスカレートしていったあとの、破滅への急展開もすごい。
「人間失格」みたいに、主人公は作者本人を投影したんだと思っていたのに後半から、作者に見捨てられたように転げ落ちる。
乱歩先生!この主人公、あなたの分身じゃないの? 学生時代モテなくて美女に覗き行為を行うって、あなたの願望でしょ(決めつけ)。

超つごうのいいエロ漫画なら、覗きがばれても
「やったことは悪いけどあなたの純粋な思いがそうさせた」的な、聖母みたいなこと言われて女性側に同情されて許される。
それが、主人公はあっさり正気の淵から突き飛ばされるのである。お前は人の道をはずれたから終了! なんか、痛快だ。偽物の救済でなぐさめられるよりバッサリ破滅ルートなのが。ウエットなのにドライ。乱歩沼はしつこい粘度で足をとられる。

1作1円未満。まだ季節に湿度のあるうちに。

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読書感想文

読んでくれてありがとうございます。 これを書いている2020年6月13日の南光裕からお礼を言います。