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丸山ゴンザレス「世界の危険思想 悪いやつらの頭の中」

ラスベガスの地下には、精神疾患に苦しむ元軍人が住む。
砂漠にできた空洞に、アメリカンドリームと薄皮一枚へだてた場所に、アメリカの闇は息をひそめている。

「クレイジージャーニー」で検索すると「普段バラエティを見ないけどこれは別」って鼻につく書き込みがたくさんでる。まあそれだけファン層の広い番組だ。その中でも、特別この人、丸山ゴンザレスの危険地帯ロケは、誰かに話さずにいられない。

薬物中毒者など訳ありの人が集まるマンホールに入る。何者が待つかわからないトンネルに踏みこむ。害虫で埋め尽くされて床が見えない下水道に入る。
そのたび、友達にさそわれて乗ってしまったジェットコースターが上昇していくようで、
「待て待て待って!ヤバイって!」と怖すぎて笑ってしまう。

その丸山ゴンザレスの新刊が「世界の危険思想 悪いやつらの頭の中」
出演者関連本はいくつも読んだけど、よくも悪くも普通の旅行エッセイが多くて、これがいちばん「番組そのもの」だ。クレイジー汁100パーセント。

作者も語っているが、海外では命と金の関係がシンプル。かつ残酷だ。
番組でも異様な緊張が伝わってきた殺し屋の取材。
バンダナで顔をかくした、やせてて、一見なんでもない殺し屋の目には感情がなかった。
番組で見た覚えてないけど、男は、そのときかかってきた電話を後回しにした。
つまり「殺しの依頼」がそのとき来ていた。
「俺に恥をかかせた女を殺してほしい」
殺す理由はそれだけ。日本でも、ささいなことで殺意がわく人はいる。だけど、殺す準備をしたりリスクを考えたりするうちにだんだん冷静になるものだ。
だが、殺し屋とネットワークがあると、殺意がわいた瞬間に電話をかけて実行できてしまう。


フィリピン人は運転が荒い。事故が多くて次々と割り込まれるのに、人をひいて殺したら賠償金が約22万円。
高級車にぶつけたら300万円以上の請求もある。
命が安い。命を10個あつめても車が買えない。
命と金の関連性がシンプル。
人をひいて、半殺しでずっと賠償金を払う状態にしてしまったら、トドメをさしたほうが得になるように法で決まっている。

ボリビアのドラッグの運び屋は、1回で平均月収の10倍のカネをもらえる。そのかわり捕まったら懲役8年。
将来が見えなくて、病気の家族でもいれば、請け負うこともおかしくない額だ。たいていは家族のために人生8年をベットしてギャンブルをするのだ。

タイの刑務所では、犯罪者たちの悲惨な生き方も見る。
新大統領が犯罪に厳しく、犯罪に少しでも関与していれば銃殺するから、みんな「外にいたら殺される」と自分から懲役をくらいにきた。刑務所が汗だくの男で満員。


つぎつぎ紹介される異世界にクラクラするが、本作で一番印象的なのは、作者ゴンザレス本人。
同情の余地があるスラムの人たちに密着して、同じメシを食って、売春で生きる少女や老婆を見て、それでも過剰に入れ込むことなく紹介していく。
番組でいじられるあのカワイイ目で、今回はキッとにらまれた気がした。

ぼくは小さいころ
「アジアの恵まれない子供たちにくらべて、日本人は大切ななにかを失った」
「アフリカの子供たちはご飯を食べられないんだから給食を残すな」
みたいな、型通りの説教をよく聞いた。アジアという日本じゃない貧しい国がどこかにあると思っていた。

ゴンザレスさんは、世界中にどうしようもない現実があると知ってしまいながら、
「それはそれ」的な。
スラムのこと考えて我々まで憂鬱になっても前に進めないだろう、とばかりに、ドライな態度。
貧しい身上の彼らを説教のダシに使わない。
何も足す必要がないほどのを見て、紹介するだけに撤する。
無駄な感情をそぎ落とした、刃物のような一冊だった。

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読書感想文

読んでくれてありがとうございます。 これを書いている2020年6月13日の南光裕からお礼を言います。