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【読書】タバコは体に負荷がかかるからトレーニングになる。上原善広「一投に賭ける」

日本人で初めて、投てき種目で世界トップレベルになった男、溝口和洋。
体が壊れる寸前までトレーニングをこなす一方、酒とタバコは欠かさない。いい加減な記者は追いかけて袋叩き。引退後はパチプロになって生活しつつ室伏広治に指導するなど、記録以外が気になる男でもある。

日本スポーツ界の重要人物でありながら、あの人は・・・と敬遠されてきた「人生やり投げ男」が半生を語る、のか?語っていないのか!?

取材内容をまとめて執筆したのは著者の上原善広さんだが、溝口選手本人が語った形式で書いている、珍しい「一人称ノンフィクション」だ。

溝口氏のことばをそのまま文字にしてしまうと、本人が取材嫌いなうえに、長嶋茂雄のような「天才語」で話すため、常人には何を言ってるかさっぱり理解できないそうだ。


僕が連想したのは、漫画「プロレススーパースター列伝」で、猪木さんがレスラーを紹介するコーナー。実際に本人が言ったのかな…?とちょっと不思議に思うけど、最後に印鑑ついたみたいに(談)と書かれて、ほれ、証拠!みたいになっているやつだ。

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相性が悪いのが常識すぎて考えもしなかった「陸上選手とタバコ」


特に、トレーニングやたばこやギャンブルについて、独自の理論を語るところが面白い。喫煙は体に負荷がかかるのでトレーニングになる。タバコをすうと階段で息が切れるのは負荷だけがかかっているせいだ、投げる前にリラックスし、より記録を出すために欠かせない。
「たばこは体に悪いというが、どう考えてもやり投げのほうが体に悪い」
などの自説がつぎつぎ飛び出す。いやいや、何をおっしゃるんですか、と思っても記録がついてきているので頷くしかない。


無茶なことだけを言っているように聞こえるが、たとえば左右で別の靴をはくスタイルを発明するくだりは、素人が聞いても理解できる。
やり投げはフィニッシュ時に、左右の足が違う働きをするので、左足だけガッチリ止まるようにハイカットの靴を履いたのだ。
それをまねたかどうか知らないが、世界の選手が同じ「ミゾグチ・スタイル」をするようになった。


大事なのは、タバコや酒が本当に記録をよくしたかよりも、常識だったことを疑って、自分でやり方を選んでいることだ。

僕も多少は運動を始めたけど、たとえば筋トレには鳥ササミがいいとか、ダイエットには豆腐がいいとか、そんなことを普通いちいち疑わない。
それを検証してからやるのは、言われたことをそのまま続けるよりエネルギーがいる。


やり投げを引退した溝口は、パチプロになる。
世界の頂点に迫った、1日12時間のウエイトで鍛えぬかれた右腕で、1日12時間スロットのボタンを押す。

今だと、元世界的アスリートがパチンコの開店前に並んでたら、転落人生と笑われそうだけど、全く悲壮感はない。読んでいるうちに気付いたが、
この人、おそらく勝負事が好きなんだ。

自分を高めたいとか、ニッポンの期待に応えるためとか、そんな理由でスポーツをやってない。
勝って、叫んで、酒を飲む。
生き方の軸がビシッと通った、一本ヤリのような男。最期に後悔しない人生とはこういうもんじゃないかとうらやましくなる。

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読書感想文

すごい選手がいるんです

読んでくれてありがとうございます。 これを書いている2020年6月13日の南光裕からお礼を言います。