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秋の夜長の夢のようなもの

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(寝てる時に見る方の)夢、みたいなものを書いたら追加します。
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世界のほとぼりが冷めたら

一緒に歩きに行きませんか。

世界のほとぼりが冷めたら、で構いませんので。

暑い夏の昼にあなたが辿った道を行きましょう。
草むらでスズムシの鳴く夕暮れに、あなたが立ち止まった場所を訪ねましょう。
街の灯りで月しか見えない夜に、あなたが引き返してしまった、その先に行きましょう。

何かを見つけようという訳じゃありません。

道すがら、少し話をしませんか。

今日食べたカレーの感想を教えてください。

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完全なる善意

こちら、完全なる善意でございます……

運ばれてきた皿に盛られた善意はきらきら光る宝石のようだった。

……これが

お客は感極まった様子で呟いていた。実用からはかけ離れた大きな皿の上にちょこんと乗っかっているものをじっくりと観察し、ナイフとフォークを手に取った。感動で震える手で、小さく切った善意を口に運んだ。

その途端、しゃらり、と音を立てて小さな善意の欠片は舌の上で消えた。

……おおっ

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途中計算

「去りたいのです」と彼は言った。姿勢を正し、僅かに緊張した硬い声で。

博士はその両目に宿す光を微かに強くして、こちらを見つめ返すだけだった。

「……すみません」彼は眼光の意味を自身に対する不満と捉え、怖くなって謝罪した。その光は肯定でも否定でもないはずだったが、彼の世界では明らかな拒絶の意味を持っていた。

博士は、右の眉をくいっと上げた。

彼は目を泳がせた。ああ、気まずい。正しい答えが分か

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顔色、窺います

いま何を考えておいでですか。

……こちらの話が、いまいちピンときませんでしたか。

そんな顔をしていますね。

顔色を窺うとき、命を削っている気がする。何を考えているのかわからない目、上がらない口角、ご機嫌とは言い難い雰囲気。向こうが考えていることを丸々知りたいわけではないが、全く知れないのは大変困る。

相手の反応を見ながら話を変えてみる。僅かに流れを変えてみたのだが、どうだろう。目も口角も特

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飛び降りながら

とてもじゃないが、登りきれない。そんな階段を登り続けた。たまに立ち止まって、膝に手をつき息をつく。

登り始めは見下ろすたびに地面が遠くなっていた気がするのに、ここまで来るとさっきとあまり変わらない。

息を詰めて踏ん張って、重たい足を引きずってなんとかまた一段。しばらくしてヤケクソになって一気に数段駆け上がる。十段も数えないうちにへばる。

延々に続くと思った階段の終わりがついに見えた。あとちょ

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