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香りにまつわる展示たち

2022年に行った展示の中から、香りにまつわる展示を2つピックアップしてみたい。香りは五感の中でも原始的な感覚だと言われている。他の4つと異なり、大脳辺縁系という脳の中でも本能的な働きをする部分に直結しているからだ。プルースト効果に代表されるように、人の深いところにある何かに作用するような力が香りにはある。また、洋の東西を問わず、香りは宗教的な場から日常の生活まで人と共にある存在だ。そんな「香り」にまつわる展示たち、雰囲気は全く違うがどちらも素晴らしい時間だった。

1、特別展 香道の世界 志野流香道五〇〇年の継承

芝の増上寺で催された、香道の展示と聞香体験会に行ってきた。展示の方は肖像画や書状に始まり、香道に歴史があることがまず入念に示される。おそらく香道を学ぶ方には貴重なのだと思うが、私はお道具の方が好きだった。茶道のように、香道にも様々なお道具がある。花鳥風月があしらわれていたり、細やかな細工が施されていたりと美しく端正なお道具を眺めているのは、幸せな時間だった。お家元のビデオにあった「香りは天と地をつなぐもの」という言葉が心に沁みた。礼儀作法に縛られているようで、その中に自然と遊ぶ天衣無縫な心があるのだろう。

展示を楽しんだ後は、聞香体験が待っている。私は一度だけ、源氏香を楽しむイベントに参加したことがある。しかしそれは香りを扱う販売店が行う立礼式の簡素な、どちらかというとお遊びの要素が強いものだった。佐々木道誉、源氏香、六国五味、蘭奢待などの言葉をかろうじて知っている程度、つまり香道にまつわる知識はほんの少ししか持たない、お作法についてはほとんど無知な私が、体験会とはいえ大丈夫だろうか…と正直なところやや不安だった。それに正座でしょ?とも。

だが、始まってみるとそんな私の杞憂は全部吹き飛んだ。畳だったが椅子は用意されていたし、お作法も丁寧に教えてくださり、担当の方もとても感じが良かった。歓迎されている雰囲気、一緒に楽しもうという雰囲気が全体にあった。
体験会では3炷聞くことができた。以前の源氏香イベントでは正解したが、今回はどうだろうと思いつつ臨んだ。

「伽羅、羅国、真南蛮を順に回しますので、香りの違いをお楽しみください」と言われて順に聞くが、これがまた微妙な違いでなかなか言語化できない。違っていることはわかるのだが、繊細すぎてうまく捉えられないのだ。以前の源氏香の時は、もっとはっきりと違いがわかった。用意された香木の違いなのか、私のコンディションなのか。
次いで、同じ香りがまた回ってくる。「伽羅の2巡目では、時間が経った香りの変化をお楽しみください」と言われたが、これはさらに分からなかった。同席している他の方の表情を伺うと、どなたも深く納得しているような顔つきに見える。本当に?わからないのは私だけ?

最後はなぜか、促されるままにお道具の撮影会となり終了した。本格的に入門して学ぼうとするととても大変そうだな、とは感じたが、香りを聞く時間を日常で持つことは精神の安定に良いような気がした。すっと自分の中に芯が通り、波立つ心が平穏になる気がする。そういう時間を持つ、生活の余裕がまずは必要かもしれないが…。

みんな一気に撮るので、斜めからになってしまったお道具たち


2、ARCHITECTURE × SCENTING DESIGN 建築のための香り展

展覧会特設サイト
アロマブレンドオイルやディフューザーの製造販売、香りによる空間プロデュースを行う@aromaという会社による展示。調香師たちが建築家とコラボレーションし、その建築や空間に合わせた香りをデザインしたというもの。基本的にはビジネス目的のようだったが、週末の2日間だけ一般へも公開していた。これがものすごく面白かった。

場所は以下の6つ。
①MARIHAのショールーム
②日比谷花壇 日比谷公園店
③PLAY!PARK
④YAMAGIWA OSAKA
⑤太田市美術館・図書館
⑥白井屋ホテル
それぞれの写真と、完成した香り、さらにそこへブレンドされている精油がセットで展示されていた。ぐるぐる回って、好きなだけ、好きな香りを味わうことができる。それぞれ専任のスタッフの方が詳しい説明もしてくれる。

建築、完成した香り、ブレンドされている精油や比率、などが1箇所にまとめられている

①MARIHAの名前は雑誌VERYで見たことがあった。香りは洗練された樹木の香りで、凛とした大人の女性が佇んでいそうな雰囲気だった。ブランドイメージ通りの香りなのだろう。私個人はフィットしなかったが、イメージの具現化という点で腑に落ちるものがあった。

②日比谷花壇は、「花屋なのに、花があるのにさらに香り?」と不思議に思う部分もあったが、嗅いでみるとスッキリとした木の香りで、角のないまろやかさがお花屋さんのふんわりとした有り様にぴったりだと感じた。同じヒノキの精油ベースでも、MARIHAの方がずっと押しが強い。ブレンドするものや量でこんなに違うんだ、と新鮮な驚きを覚えた。

③PLAY!PARKは簡単に言うと子供の遊び場だ。このコンセプトは「森の香り」とのことで、単に木の香りだけではなくそこに土の香りや葉っぱの香りが加えられている。なるほど、と思った。森に入ると確かに森の香りがするが、それは檜風呂の香りとはまた違う。木の香りに土や葉の香りが加わって森の香りになる、という説明は合点のいくものだった。土の香りはベチバー、葉の香りはローズマリーが担っているという。それで森全体の香りが再現できるというその香りは、確かに山を歩いた時に嗅ぐものとよく似ていた。

④YAMAGIWA OSAKAは、照明器具メーカーの大規模なショールームだそうだ。この香りはクローブやアニスが用いられ、甘めだけど「シュッとした」雰囲気を醸し出している。スパイシーで、モダンな感じが照明器具の直線的なデザインとよく合っていると思った。合成香料ではなく天然香料でモダンな感じを出せるんだ!という点がとても面白かった。

⑤太田市美術館・図書館は、公共施設に香りを?という疑問が真っ先に浮かんだ。最もそういうものから遠いところにありそうな感じがしたからだ。だが、この展示が私は一番印象に残った。
この香りは、これまでのように「何の香り」と言えない香りなのだ。心地よい香りではあるが、はっきりと「木の香り」「スパイシーな香り」と説明することができない。強いて言うなら柑橘系なのだが、それだけでもないのだ。
その秘密は、イランイランやスパイクナードにあるのではないかと思う。それぞれ単体ではクセが強い香りだ。イランイランは甘く重いし、スパイクナードは「実家の香り」がする。木の香りとも違うしハーブの香りとも違う、古く懐かしく、でも個性的な香りだ。「万人に好まれる香り」の筆頭が柑橘系だが、それだけだとどうしても浅く薄くなるのだと思う。柑橘系に少しだけクセの強い精油をブレンドすることで、公共施設に必要な親しみやすさと場の目的に合わせた落ち着きを両立したのではないだろうか。柑橘系もよくあるものではなく河内晩柑というひとひねりある香りで、クロモジが爽やかさを添えていた。全体的に厚みや奥行きを感じる、でも鬱陶しくはない面白い香りだった。
この施設は駅前にあるらしいが、車社会が発展し街が郊外化すると駅前に人がいなくなるのだという。そんな駅前へ人を呼び戻したい、という願いが少なからずこの施設に込められているそうだ。街づくりの意図までも込められた香り。そんなことを踏まえてこの香りを嗅ぐと、人を呼び込む軽やかさと人を留める程よい重さの両方を感じる。コンセプトや香りのブレンドを含め、最も印象に残った展示だった。

⑥白井屋ホテルの香りは、オリーブオイルのような滑らかな香りだった。香りに質感があるのだ、ということをここで知った。高級なスポーツカーのような、流線形のフォルムと本革のシートのしっとり感が浮かぶ香りだった。

ここに書き連ねた内容は、展示を見た当日に残したメモから書き起こしている。その後、展覧会特設サイトにそれぞれの建築家のインタビューが掲載された。私のメモとの答え合わせになっている部分もあり、面白く読んだ。
様々な香りはどれも刺激的で、普段あまり触れることのない精油も多く、さらにヒノキの精油は産地によって香りが異なることなど初めて知ったことも多かった。そのように「香り」を知る、楽しむという観点でもとても得るものが多かったことに加え、建築と香りのコラボレーションというものが何より面白かった。
昔の私は建築を入れ物としか捉えていなかったが、建築に関係する展覧会に足を運ぶ中で建築とは空間や人々の営みを作るものだと理解するようになった。そこにさらに香りが足されるとこうなるのか、とどんどん視野が広がる思いがした。

香りはやはりいい。前回京都行きのnoteを書いたが、そこでも松栄堂の面白い展示を見てきた。それはまたいつか、機会があれば書くかもしれない。

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