【読書】せめてもの願い
これまでにいくつかの会社を転々としてきました。
時々ふと思うのは、「私がやっていたあの仕事を引き継いでくれた人は、
どんな気持ちで対応してくれていたんだろう・・・」ということ。
殆どの会社が人手不足に喘いでいるようなところばかりだったので、
恐らく私に対して恨めしい気持ちを抱いていてもおかしくありません。
私自身も、各会社で働いていた当時は、自分よりも早期に退職したり
部署異動をしていったりする社員を、どこか羨ましい気持ちで
見ていました。
今回ご紹介する本は、そんな現代社会のほの暗くも生々しい世界を
表現していると感じた一冊です。
高瀬隼子『おいしいごはんが食べられますように』(講談社)
おいしいものを食べながら、溜まっていた鬱憤を言葉にして晴らしていく。でも、それだけでは足りないと感じると、
やがてそれは悪意ある行為につながっていくーー。
タイトルからは想像がつかないほど不穏な空気が
終始漂っている作品でした。
世の中には、「ハラスメント」と「権利」という二大防衛網を張って
盛大に自分のやりたいように過ごす人もいれば、
多少のことは我慢して要領よく
他人のフォローまでやってのけてしまうような人もいます。
未だに昔ながらの働き方や風潮を捨てきれずにいる人もいれば、
はたまた、無自覚のうちに周りに許され、それに上手に甘えて
自分のペースで生きている人もいるのです。
二谷は、それなりに仕事もこなし、人ともそこそこうまく付き合い、
現状に満足しようとするタイプの男性会社員。
押尾は、何事も根気強くやり遂げてしまう若手キャリアウーマンで、
二谷に対してどこなく自分の考えと近いものを感じ、彼に接近します。
芦川はそんな二人よりも先輩ですが、
のほほんとした料理上手な女性社員で、仕事はそれほどできず、
要の業務も休んで穴を空けてしまうような人です。
ただ、そんな芦川を周りの皆は責めることなく、
どうしてか甘く許してしまう風潮が蔓延っています。
「質が悪い甘え上手」——我慢して何でもこなしてしまう押尾からすれば、
芦川はそんな先輩ではないでしょうか。
とにかく押尾は芦川が「苦手」で、二谷もどことなく芦川を憎々しく
思っていて、そこから二人が芦川を標的にして、
そこはかとなく毒を吐き出すのです。
はじめこそ二人でご飯を食べながら腹の奥に抱えていたものを語るだけで
満足していた彼らは、やがて行動をエスカレートさせていきーー。
「ハラスメントだ」「人権侵害だ」と言われることに怯えて
本音をひた隠しにする現代社会の縮図がありありと描かれているように
感じました。
この作品には、どことなく生きづらさを感じながら仕事をしている皆が、「せめて、おいしくご飯を食べられるように」という作者の願いが
込められているのではないでしょうか。
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