トランプ支持者は「情弱」ではない? 米キリスト教保守派が応用する聖書読解のメディア・リテラシー
「フェイクニュースを拡散するのはメディア・リテラシーがないからだ」「トランプ支持者は情弱で批判的思考ができないから、だまされている」
アメリカでは、そんな風にリベラル派の人たちが共和党支持者を批判するのを何度も耳にした。
だが実際には、2016年の米大統領選でトランプ元大統領に投票した保守派の人々は、多様な情報源に触れ、ニュースを批判的に解読していたーー。社会学者のフランチェスカ・トリポディは、米キリスト教保守派がどのようにニュースに接触・理解しているのかを観察し、そんな結果を明らかにした。
トリポディの研究は2017年にData&Societyから発表されたものだが、「フェイクニュース」時代のメディア・リテラシーを考える上で示唆に富む興味深いレポートなので、一部を紹介したい。
・参考:批判的思考は役に立たない?今アメリカで起きている、従来のメディア・リテラシーを見直す議論とは
・参考:Don't Go Down the Rabbit Hole
Fox Newsの絶大な影響
政治的分断が進むアメリカでは、政治的信条によって視聴するメディアも全く異なっている。共和党支持者は、保守的な論調で知られるFoxニュースを好む傾向にあるが、その中でも特に白人のキリスト教福音派(トランプ氏の支持基盤となった人々)によって支持されている。トランプ氏が敗北した2020年の米大統領選直後に発表されたPublic Religion Research Instituteの調査によると、米国人の15%が、政治や時事問題に関する正確な情報を伝えていて最も信頼できるテレビ番組として、Foxニュースを挙げている。
宗教別では、白人・キリスト教福音派の36%がFoxニュースを最も信頼していると回答し、その他すべての宗教グループに比べて約2倍だ。一方、民主党支持者や無党派層が好むメディアにはばらつきがある。無党派層では、ケーブルニュースネットワーク(18%)、公共テレビ(12%)、ローカルニュース(12%)。民主党支持者はケーブルニュースネットワーク(21%)、CNN(20%)、公共テレビ(13%)となっている。
Foxニュースは、大統領選などに関する根拠のない情報や陰謀論を報道したとして複数の企業に訴えられるなど、その信ぴょう性が問題視されているが、保守派には絶大な人気を誇る。
だが、保守派がFoxニュースを好むからといって、Foxニュースだけを視聴しているとは限らないようだ。
聖書読解のメディア・リテラシー
トリポディは、キリスト教信者の政治的保守派で、共和党を支持する人々が、どのようにニュースを解釈し、何をどう「事実」と捉えているのかに関心を持った。トリポディは、米南東部に住む共和党支持者の人々と行動を共にし、インタビューも組み合わせたエスノグラフィーの手法を使って疑問に迫ることにした。バーベキューや教会、カンファレンス、資金調達イベントなど、様々なイベントに一緒に連れていってもらったという。
トリポディはある日、ある共和党支持者の若い女性と一緒に、バージニア州で行われた聖書の勉強会に参加した。その勉強会を観察するうち、トリポディは、教会に通う共和党支持者らが、聖書を注意深く読み込み批判的に解釈するための「リテラシー」を、ニュースの読解にも応用していることに気がついたという。
そのリテラシーを、トリポディは「scriptural inference(聖書的推論)」と呼んでいる。
勉強会での様子は、以下のようにつづられている。
私たちは、彼女が通うメガ・チャーチ(注:一度の礼拝に2千人以上が集まる巨大な教会のこと)の一室に集まり、聖書のテキスト20行ほどについて議論した。(...)30人ほどのグループで、1時間かけて聖書の内容を「読み解き」、そこから得られた教訓を自分たちの人生に置き換えるのだ。そうした聖書の応用は特に珍しいことではない。(...)だが、保守派の人々は、こうした細部まで読み込む手法を、普段のニュース消費にも応用していた。聖書勉強会を主催する牧師は、このscriptural inferenceを、新しい税制改革法案にも応用するよう、参加者に呼びかけた。主要メディアの記事を信用するのではなく、法案の文言そのものを読むように、と。牧師は、家に帰ったら法案を自分で読み、その影響について「自分でリサーチをするように」と促した。
つまり、メディアの報道や解説を信じるのではなく、原文に立ち戻って自分なりに解釈をする 「聖書読解のリテラシー」を応用し、メディアのバイアスを見抜くことが目的なのだ。
また、トランプ支持者たちは、実に多様なニュースをチェックしていたという。彼らが普段から参照しているのは、Fox Newsなどの右派サイトだけではない。ウォール・ストリート・ジャーナル、ワシントン・ポスト、ニューヨーク・タイムズ、NPR、CNN、フォーリン・アフェアーズ、BBC、ロシア・トゥデイ...など、リベラルメディアや海外メディアも含まれていた。保守派は盲目的にフェイクニュースを信じていたからトランプに投票してしまったのだ、フェイクニュースに騙されてしまった人々がトランプ大統領を誕生させたのだ、というよく聞くナラティブは、彼らには当てはまらない。
このレポートに出てくる保守派の人々は、まさにメディア・リテラシーが教える「批判的思考」や「多様なニュースソースに触れること」を実践していた。誰が記事を書いているのか、どんな情報が引用されているのかなどを自分たちで調べ、あらゆるメディアのニュースを比較した上で、それらのニュースが「偏っているか」どうかをチェックしていたのだ。その結果、CNNなどのリベラルメディアは(まったくの偽情報を報じているわけではないが)トランプ氏の言説を歪めたり、一部を切り取ったりして報じる「フェイクニュース・メディア」だと判断していたという。
つまり、「情報を疑い、自分で調べて判断する」というメディア・リテラシーが、自分の信念やイデオロギーを強化する材料として機能しているということになる。多様な情報源に触れることが、視野を広げたりさまざまな物の見方ができるようにするためというより、相手陣営を攻撃するために機能していると言えるのではないだろうか。
参考:What if modern conspiracy theorists are altogether too media literate?
メディア・リテラシーは重要だが、政治的分断が進み、ジャーナリズムやメディアに対する信頼が低下する社会では、単にその重要性を説くだけではなく、どんなメディア・リテラシーが必要なのか、どんな教え方が効果的なのかを、もっと議論していく必要があるように感じる。トリポディのレポートは、ニュースコンテンツの批判的読解がメディア不信を増大させ、その結果人々が自らニュースを「ファクトチェック 」する、というサイクルがどんどん加速していく危険性があることを示唆している。
【トリポディのレポート】