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批判的思考は役に立たない?今アメリカで起きている、従来のメディア・リテラシーを見直す議論とは

「批判的思考が大切」「あらゆる情報をまずは疑え」「自分で調査しよう」ーー。メディア・リテラシーをめぐる従来の議論では、「クリティカル・シンキング」の重要性、マスメディアやソーシャルメディアの情報を鵜呑みにすることの危険性が強調されてきました。

私自身も、メディア・リテラシー=批判的思考、という風に教えられてきたし、メディアなどでもそうした論調がメインストリームです。一方アメリカでは、批判的思考を軸とした従来のメディア・リテラシーは、今日のメディア環境においては逆効果なのではないか、という議論が高まりつつあります。

批判的思考が裏目に出る?

そうした議論の「火付け役」となったのは、ソーシャルメディア研究で知られるダナ・ボイド(dana boyd)氏。ボイドは2017年、「Did Media Literacy Backfire? 」(メディア・リテラシーは逆効果?)というタイトルの記事で、こんなエピソードを紹介しています。

研究の一環で、米中西部の10代の女の子とこんな話をしたのを覚えています...彼女は、友達との間で妊娠や"性病"についてよく話すと教えてくれました。掘り下げて聞いてみると、彼女は自分が知っているさまざまな「事実」について、当然のことのように説明してくれたのですが、その「事実」は完全に間違ったものばかりでした。16歳になるまでは妊娠しない、AIDSはキスで感染する...。お医者さんに聞いてみたのかと問うと、彼女は不思議な顔で私を見て言いましたーー友達と一緒にリサーチをしてこれらの「事実」にたどり着いたのだ、と。つまり、彼女たちは、自分たちが信じたいことを「証明」してくれるウェブサイトを見つけたのです。

ボイド氏は、インターネットに情報があふれ、党派的分断が進み、科学や専門家、政府への信頼が低下している今、人々はすでにあらゆる情報を疑うようになっていると指摘しています。そうした環境の中で、メディア・リテラシー教育が「批判的思考」や「自分で調べる」ことをやみくもに推進することで、逆に正しい情報ではなく、自分が信じたい情報にたどり着いてしまうのではないか、という問題提起です。

この記事が書かれたのは5年前ですが、コメント欄には、ボイドの見解に対する否定的な意見や戸惑いの声(「メディア・リテラシーが分断を生んでいるというのか」「言いたいことはわかるが、メディア・リテラシーそのものは重要なのでは」...)も寄せられていました。情報を疑い、批判的に物事を考えるのは良いことだ、という「当たり前」に思われてきた考え方に一石を投じたボイドの主張には、賛否両論がありました。

「もっと疑え」がスローガン

一方で、フェイクニュースの発信者は実際に「批判的思考」を利用してアクセスを増やそうとしているのも事実です。例えば、ロシアのプロパガンダサイト「ロシアン・トゥデイ」(RT)は、「もっと疑え」というスローガンを掲げ、自身のサイトを宣伝するために次のような広告を掲載していました。

地球温暖化の原因は人間の活動だ、という証拠はどの程度信頼できるのだろうか。その答えは必ずしも明確ではない。きちんと情報にアクセスできなければ、バランスの良い判断をすることはできない。定説を疑うことで、あなたが普段気づかないニュースの一面が明らかになる。もっと疑うことで、もっと知ることができるのだ。

・参考:You Think You Want Media Literacy...Do You?

この広告は、暗に地球温暖化を否定するようなメッセージを発信しています。批判的思考がなぜ悪いのか?もっと知識を得ることがなぜ悪いのか?「自分で考え、調べなければ、真実を知ることはできない」と、定説とは異なる情報を調べ始めれば、ネットにあふれている、地球温暖化に関する科学的根拠のない陰謀論や偽情報にたどり着くのは簡単です。

情報の海で溺れるな

米ワシントン州立大学バンクーバー校でメディアリテラシーを教えているマイク・コールフィールド (Mike Caulfield)氏も、2018年ごろから、批判的思考は慎重に教育に取り入れなければ逆効果になる可能性を指摘し、こう述べています。

偽情報(の発信者)のゴールは、注意を引くこと。クリティカル・シンキングは、まさに深く注意を向ける行為だ...悪意のある情報に注意を払えば、より効果的な対処法から遠ざかってしまう。偽情報の発信者が、あなたの考えを操作できてしまうのだ。

こうした議論は、ボイドが問題提起した2017年ごろはあまりメインストリームではなかったように思いますが、2021年になり、ニューヨーク・タイムズ紙が「Don't Go Down the Rabbit Hole」(うさぎの穴に落ちるな)というタイトルの記事で、コールフィールド氏の主張を取り上げました。同記事でコールフィールド氏は、自分で情報の真偽を調べることに時間をかけすぎると、逆にネットの情報の海で溺れてしまい何が事実かわからなくなる、と話しています(Rabbit holeとは、とても面白くてつい時間を費やしてしまうネット上の話題や情報を指します)。

筆者は、2018年にコールフィールド氏に実際にお会いしてインタビューをさせてもらったことがあります。同氏は「疑うことも大事だが、どこに信頼を置くかも重要だ」と話していました。つまり、決して批判的思考をする必要がないと言っているわけではなく、私たちの使える時間と注意力は限られているので、まずはどの情報にその資源を費やすべきなのか見極めることが必要だ、というメッセージです。

日本でも、「フェイクニュース」はしばしば報道機関と関連づけられ、ネットには「マスゴミ」が報道しない真実がある、という論調が広がっています。日本は、新聞やテレビなど主要メディアへの信頼度が比較的高く保たれてきましたが、2020年のロイター・インスティテュート・デジタルニュースリポートによると、「ニュースを信頼している」と答えた人は37パーセント。過去5年間で約10パーセンテージ・ポイントも下がっています。こうした状況の中で、メディアの報道を鵜呑みにせず自分で調べるよう呼びかけることで、逆に人々が陰謀論や偽情報に触れる可能性が高くなる、というボイド氏やコールフィールド氏の主張は検討に値するのではないでしょうか。

コールフィールド氏は、こうした議論を踏まえて、短時間で情報の信ぴょう性を確かめられるSIFTという手法を提示しています。SIFTについては、また別の投稿で紹介したいと思います。









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