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喰らう

浅漬けである。
残念ながら、あたしが漬けたのではなく、
買ってきたもの。
これで100円ちょっとである。

市場の八百屋の片隅に、
無造作に積まれて売られている。
漬け汁ごと、ビニール袋に入れられて。
商品名など、なにもない。
製造者と賞味期限が、シールでぺたんと貼られているだけ。

かぶは丸ごと、だいこんは鉈割り、
小なす一本、
にんじん、きうり、二分の一本。
土から抜いて、凍えるような水で洗い、
ざっくり切って、漬けただけ。
そんな浅漬け。

ざくざくと切って、並べて食べる。
たしかに浅漬けではあるのだが、
これをぽりぽり囓ってみると、漬け物という感じがしない。
「漬け物」というより先に「野菜」である。
とりたての野菜をわしわし喰らう、そんな感覚。
そう、喰らうのだ。
自分の中の野生が目覚め、命あるものを喰らうのである。

鮮やかな植物の匂いと、
香しい土の匂いと、
それを育む、水と太陽の匂いは、
浅漬けにしたところで、消えはしない。
歯をたてるたびに、これを作った誰かを思う。
朝露に濡れて野菜を抜く手の、
水でざばざば洗う手の、
赤くひび割れた指が見える。

なんだか涙が滲んでくる。
あわてて、切れ端をばりばり喰らう。
ありがたい、ありがたい、と唱えながら、
ばりばり、ばりばり喰らうのである。


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ずいぶん前に「朗読して頂きました」ということでお知らせして、ここにアップしようと思っていたのに、そのままになっていた拙作、詩のやうなもの。を、ようやく。ご賞味頂ければ幸いです。ぽりぽり。


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