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【小説】放課後爆音少女 第三話「オレンジ色の朝焼け」

桜井くんはあの日からやたらと私に声をかけてくるようになった。
日直の仕事を手伝ってだの、昨日のテレビ番組見た?だの、事あるごとに私に話しかける。クラスメイト達は私たちを、あの二人もしかしてデキてるのか…と好奇の目で見ていた。しかし私が桜井くんに対してあまりにも冷たい態度を取るので、1日と持たずに、私たちに興味を無くした。


お昼休み、桜井くんがまた私の机の方向に来る。

「なあ、数学のノート見せて。宿題やった?」

「…やってない。」

「なーんだ。写させてもらおうと思ったのに」

ほんとはやっていた。いつも仲良くしている友達なら、仕方ないなあ、と見せてあげたりする私だけど、最近少し話すようになっただけの人に宿題を見せてあげる義理はない。私は少し腹が立った。

「人が頑張ってやった宿題を写して、良い思いするのってズルくない?そんなズルするなら、先生に怒られた方が良くない?」

「ごめん。怒らす気は無かったし、わりと宿題もどっちでも良い。いや、見せてもらえたらそりゃ嬉しいけど。」

まどろっこしい言い回しに、私は余計に苛立った。
「つまり、何?」

桜井くんは少し覚悟を決めた顔で言った。

「君にバンドすることを断られてから、チラシの募集を見たボーカリスト何人かと、スタジオに入ったんだけど。参ったよ。音痴ばっかりで。あ、でも一人歌が上手いのがいたんだけど。歌うますぎて、それはそれで違った。やたら上手くても違うんだよ。」

私はムッとした。私が歌上手くないのが良いって遠回しに言われてるみたいだと思った。

「良かったじゃん。その歌上手いやつとバンドしなよ。」

私の尖った言い方に、桜井くんもムッとした。

「味のあるやつとやりたいんだよ。」

「私は上手くない、って言いたいの?」

桜井くんは頭を掻き回しながら、もおーーーっと叫んだ。驚いたクラスメイトたちが振り返る。

「違うってば!!俺は文化祭で聴いた君の歌が好きだと思ったの。だから君とバンドしたいの。」

私は感情的になる桜井くんを呆然と眺めていた。

「遠回しなこと色々言ってごめん。君とバンドしたい。それだけ。」

桜井くんはわざとらしいほど大きな足音をバタバタと立てながら、教室を出ていった。「何?痴話喧嘩?」とクラスメイトたちがヒソヒソ話しているけど、もうそんなこともどうでもいいくらい、私は自分の強情さに落ち込んでいた。

桜井くんの気持ちは嬉しい。でも桜井くんがバンドをしたくて仕方ないように、私はバンドをしたくなくて仕方がない。私とバンドしたいって言ってくれたのに、棘のある言い方をして断って。歌を褒めてくれてるのに不機嫌になって。
私はなんて嫌な女なんだろう。だから優太も離れていくんだ。

内心わかっている。私は感情がすぐ顔に出てしまうし、それを最初は可愛いって思ってくれても、だんだん疲れてしまうだろう。そりゃ愛子みたいに愛想の良い子を選ぶだろう。

そこまで考えるとどんどん心が真っ黒になっていった。
ああ、しにたい。でも、しにたいとか言ったら怒られるだろうな。
すぐ死にたいとかいう女は嫌われるんだ。
強くなりたい。変わりたい。でも変わるのが怖い。このまま一人でいれば傷つかなくていい。

バンドをするのも、恋愛をするのも、物凄く体力と精神力が必要だ。
私は優太とバンドを出来て本当に楽しかった。優太とキスが出来て嬉しかった。
楽しいことも嬉しいことも、知らなければ失ったときの苦しみも知らずに済んだのに。
こんな喪失感も、真っ黒な心も知らないままで居れたのに。
こんなに苦しいなら恋なんてしたくなかった。バンドなんてしたくなかった。


今でも何度も何度も、脳内で優太とギターを弾いていた放課後を思い出してしまう。
優太とのキスシーンを再生してしまう。停止ボタンはない。
ループされるだけで、小さい頃、おかあさんとよく見ていたディズニーのビデオテープのように擦り切れることもない。
綺麗で鮮明な映像のまま、私の中で毎日再生されている。
バンドをまた始めて、ギターを弾いたら、あの映像はより色濃く、高解像度で私の頭の中を駆け巡るだろう。
そうなったら私の死にたさは加速する。嫌だ。私は生きたい。
だから。思い出したくない。歌いたくない。ギターを弾きたくない。

どんよりとしていたら、真波が心配して声をかけてきた。

「春、黒いオーラが凄いよ。」

私は無理やり口角を上げた。

「ああ、ごめんね。元気だよ。」

「嘘が下手すぎるよ…。桜井くんも、随分強引に攻めてくるね。春はもうバンドしないの?」

「疲れちゃったの。」

真波は少し言いにくそうに聞いてきた。

「それって優太くんに会いたくないから?」

私は黙っていた。

「桜井くんを庇うわけじゃないんだけどさ、春が歌ってギター弾く姿、私も好きなんだ。私は皆の前で歌ったりする勇気ないから。中庭ライブの時、凄く感動したんだよ。」

涙が出てきた。真波の優しい愛のある言い方に感動したわけではない。
真波の優しい愛のある言い方でも、苛立ってしまう自分の心の小ささが悔しいからだ。

私だって音楽は好きだ。ただ。今は私を全肯定して、桜井くんの強引な言葉について悪口を言ってほしかった。やりたいわけないよね、したくないならしなくていいよ、って言ってほしかった。

そんなワガママな自分が悔しい。悔しくて仕方ない。

静かにすすり泣く私を見て、真波はそれ以上何も言わなかった。真波はやっぱり優しい子だ。きっと私が感動して泣いているわけじゃないことに気付いている。

真波はよく「春は怒ったら口が震えてるから分かりやすい」って笑ってたっけ。今、自分の口が震えているのがよく分かる。
二人とも沈黙したまま、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。

最悪な日だ。一日に二人も喧嘩をしてしまった。
しかも悪いのは私だ。強情で意地っ張りな私のせいだ。私の中の私が囁く。バンドくらい、やればいいじゃん。減るもんじゃないし。

でもそんなことはない。時間も、精神も削られる。
音楽を聴いているだけなら、音楽はただ私に寄り添ってくれるだけだ。
でもいざ練習して。バンドメンバーと話をして、仲良くなって、そして、またバンドが終わったら?耐えられない。私はそんなに強くない。無理。寝ます。



5時間目と6時間目はしっかり眠って過ごした。悪夢は見なかった。
その代わり、真波の「中庭ライブのとき、凄く感動したんだよ。」という優しい声の響きだけが頭の中に残っていて、陽だまりのような心地よさを与えていた。

はっと目が覚めると、皆帰っていた。時計の針は夕方五時を差している。寝すぎた。
桜井くんか真波が私をもしかしたら待っているんじゃないかと思ってあたりをキョロキョロ見渡したけど、誰もいなかった。

話しかけられてバンドに誘われたら不機嫌になるくせに、誰も待っていなかったら寂しいなんて、ほんと私は矛盾してる女だなと思いながら、ひとりぼっちで下校した。


夕焼けでオレンジ色に染まった空が、少しずつ夜の黒色に侵食されていくのを見ていた。私の恋みたいだ。優しくて美しい時間は一瞬で、夜の黒さには勝てない。
黒色はどんな色でも飲み込んで黒に染め上げてしまう。私が優太と過ごした時間なんて、浮かれていた時間なんて、別れてしまったら、まるでそんな時間は存在しなかったみたいに消えてしまった。
夜の黒色を見つめていると、自分が吸い込まれて無くなってしまいそうだ。早く朝になってしまえ。


帰宅した私は、何かしていないと気持ちがどんどん落ち込んでしまうため、心を無にするべく、一心不乱にゲームに夢中になった。学校で寝てしまったため真夜中になっても眠くならず、一晩中レベル上げをこなしていった。

自分の苛立ちを潰していくかのように、モンスターに攻撃して瀕死状態にする度に、まるで自分の問題を潰していくような錯覚を覚える。
ジムリーダーを倒したところで、フーっと一息つくと、窓から光が差していた。

朝だ。まじか。明日も学校なのにゲームしすぎたな。
明日というかもう今日か、というか数時間後か。
まあいっか。寝れる授業のときに寝よう…そこまで考えたところで、明日体育の授業があることを思い出した私は、慌ててベランダに体操服を取りにいった。

ベランダから空を見上げると、黒い夜がオレンジ色の朝焼けに掻き消されていた。
夕暮れが夜に飲み込まれていったように、夜が朝焼けに飲み込まれていく。
どんな色も飲み込むはずの黒色が朝の光に飲み込まれていく。

光はもしかすると闇より力があるんだろうか。空を見て希望を取り戻すなんて馬鹿げているけど、どうやら私は馬鹿だったみたいだ。涙が出てきたけど、口は震えない。

真波に今日、謝ろう。私は波のように押し寄せる睡魔の中で、無くしかけていた優しい気持ちを、少し取り戻した。



登校すると、真波が「おはよう」と声をかけてきた。少し拍子抜けだ。
何事もなかったように「体育嫌だよねー」とか真波が話を続けている。もしかしたら気にしていないのかもしれない。
このまま普通に話して、私も何事もなかったかのように振る舞おうか。でも甘えたくない。この優しさに甘えたら、私は甘えたな人間のまま、真波だけが成長してしまう。嫌だ。置いていかないで。

「ごめんね」

体育の話を遮って、唐突に、言葉を投げてしまった。
自分にイライラして口が震えそうになるけど、口をぎゅっと締めて、震えに耐えた。
真波は変な顔をしていた。困ったような怒ったような泣きそうな、どれとも言えない顔だ。変な顔のまま、真波は言った。

「ありがと」

ごめんね、と言ったら、ごめんねと返ってくるのが小さい頃の喧嘩の普通だった。
大きくなったら、ごめんねと言ったら、ありがと、と返ってくるのか。
不思議な感じがするけど、嫌いじゃない。

真波がいつもの笑顔に戻って、優しく声をかけてくれた。

「体育の着替えしなきゃね。更衣室行こっか」

「そうだね…ああああああうぅ」

妙な声を上げたせいで真波が驚く。

「えっ。なに!?」

「体操服忘れた…」

昨日朝焼けを見て感動した私は、空の色に満足して、体操服を取り込むのを忘れていた。

「ドジだねえ。今日は見学したら?先生に、体調悪いとか適当なこと言ってあげるよ」

「うう…ありがと、そうするよ」

昨日は寝ていないので、正直とてもラッキーだった。
寝ていない状態で運動をするのも危ないし。寝不足で顔色が悪かったため、先生も見学を快諾してくれて、私はグラウンドの隅で体育座りで、のほほんと授業を見学していた。

「風邪引いたの?」

突然声をかけられて顔をあげると、桜井くんだった。
少し気まずかったけど、なるべく普通の顔で答えた。

「風邪じゃないけど、寝不足で。」

ふーん、と言いながら桜井くんは私の隣に座った。

「桜井くん、授業参加しないの?」

「ドッチボールですぐ当てられて。外野に回されたんだけど、他の外野の奴ら、凄く頑張ってたから。俺抜けてもバレないだろなと思って。トイレって言って抜けてきたら、案の定バレてない。」

「ヤンキーじゃん。」

「違うよ。ヤンキーじゃないからドッチボールで活躍できないんだよ。ヤンキーはなぜかスポーツ得意なヤツ多いだろ。」

私が笑うと、ほっとした顔をして、桜井くんは言った。

「昨日はごめん」

少し驚いた。どちらかというと悪いのは私だ。イライラして、八つ当たりしてしまったのに。桜井くんは謝ってくれた。
私はなんと答えるか迷って、一つ、良い返答を見つけた。

「ありがと。」

「え、ありがとって言うの。なんか意外。私もごめん、とか言うと思った」

「うん。こういうときはありがとって言うんだよ。覚えといたほうがいいよ。」

真波が言ってくれた「ありがと」を他の人に使ってみたくなった。やっぱり良い返答だ。嬉しそうに笑う私を、桜井くんは変な顔で見ていた。が、しばらくして、思いついたように聞いてきた。

「あのさ、今日、放課後って暇?」

「帰宅部だから、暇だけど、眠い!昨日一晩中ゲームしてたんだ。」

「じゃあ、この後の授業で寝といてもらっていい?放課後来てほしいとこがあって。」

私は怪訝な顔をした。

「…なに、怖いんだけど。」

桜井くんは焦って弁解する。

「いや、そうだよな、ごめん。昨日反省したんだ。俺がどんなギター弾くかも知らないのに、他のメンバーがどんなやつかもしらないのに、いきなりバンド誘ったら誰でも困るよなって。

でさ、今日メンバーとスタジオに入るんだ。音合わせするんだよ。だから、それ見て判断してくれないかなーって。」

「…」

まだ諦めてなかったのかこの人…と少し呆れ気味になった。しつこい人。
でも私がなんでバンドをしたくないのか、私ちゃんと説明出来てないもんな。
この人に諦めてもらうには、ちゃんと全部説明しないといけないのかも。

優太のこと、そして愛子のことを思い出してしまうから、したくないんだって。
もう苦しい思いはしたくないんだって。だから一人でいたいんだ、って。
ちゃんと誠心誠意、説明しよう。バンドメンバーの人たちにも分かってもらおう。

「分かった。行くよ」

桜井くんは目をキラキラ輝かせた。

「ほんと!!やった!!メンバーも喜ぶよ!!ありがとな!ほんとありがと!!」

いや…入るわけじゃないし断ろうと思ってるのに、そんなに喜ばないで…と言おうとした瞬間「コラー!!桜井!!」と言う先生の声が耳を突いた。
先生に桜井くんのサボりがバレた。
「じゃあ、放課後な!」と言い残して桜井くんは先生の方に駆け寄った。



放課後が近づくにつれて、私はスタジオに行くと言ったことを猛烈に後悔していた。
なんで行くとか言ったんだろう。普通にめんどくさい。
私は帰宅部としての活動に精を出すと決めたのに。
やりたいゲームがあるのに。読みたい漫画があるのに。見たい映画があるのに。

すっぽかしてしまってもいいんじゃないか、という考えがよぎった。どうせ断ろうと思っていたんだし。お腹が痛いとか言おう。そうしよう。

6限目の終了を告げるチャイムが鳴った。ホームルームも終わり、下校時間になった瞬間、私は教室を飛び出そうとしたが、桜井くんに呼び止められた。

「お!準備早いね!ちょっと待ってー!俺もすぐ行くから!」

私がスタジオをすっぽかして帰ろうとしたとは、つゆほども思っていないであろう桜井くんの明るい声色に、良心がどうにも痛んでしまい、私は渋々桜井くんを待った。

キラキラした笑顔の桜井くんがギターを背負ってこちらに向かってくる。

「お待たせ!スタジオはさ、学校から10分くらい歩いたら着くんだ。近くていいだろ?メンバーは先に向かってるって。あのスタジオ、ボロいけど安いんだ。店主のオッサンが高校生割引してくれる。」

「ふーん。でも軽音楽部の部室なら無料なのに。」

「あんなヘボい機材使ってたら上手くなるもんも上手くならないよ。まあとりあえず聴いて判断してほしい!」

自分が一年間も練習してきた部室の機材を悪く言われたことにムカついて、私は黙っていた。桜井くんも、それに気付いて黙っていた。

なんだかすぐに喧嘩になってしまう二人だ。私が強情なのが悪いんだろうか。
桜井くんも強情だと思う。でも私もかなりワガママだ。だから優太にもフラれてしまうんだ、と頭によぎって、私はまた泣き出しそうだった。泣き虫な自分が嫌になる。
下を向いて怒っているフリをして、泣きそうな自分の顔を隠して歩いた。

桜井くんがピタッと足を止めた。

「着いたよ。」

黒い屋根に白い壁の綺麗な家の前にに辿り着いた。
「スタジオクレイジーバード」という小さな看板が付いていること以外は、ごく普通の一軒家のように見える。
思っていたよりも綺麗な外観に、私は少しワクワクして涙を引っ込めた。
桜井くんは「おはようございまーす」と大きな声をあげながら中へとグングン入っていった。
店内は爆音で海外のハードロックが流れている。ハードロックバンドのTシャツを着て、黄色いニット帽を被った40歳ぐらいのおじさんが腕を組んでイスに座り、爆音の中眠っていた。

「矢島さん!おはようございます!!」

桜井くんの声にハッとした店主は「おはよ。Aスタジオね。」とだけ言い、再び寝てしまった。

「今のは店主の矢島さん。一人経営なのに24時間営業だから、矢島さんはああやって腕組んでイスで寝てることが多いんだ」

「大変なんだね…バイト雇わないのかな。」

「変な人だからね。バイト入れても矢島さんが頑固すぎて、上手くいかないんだ。バイトが辞めちゃうんだよ」

Aスタジオに入ると、ドラムスティックを握ったヒョロヒョロの男の子と、ベースを担いだ背の高い男の子が待っていた。

ヒョロヒョロの男の子が私を見て声をあげた。
「春さん!ですよね!桜井から話は聞きました!俺、2組の成田健太です!健太って呼んでください!」

健太という男の子は、ギョロッとした目にスラッとした鼻で、なんだか落ち着きがない。黒い髪は短く切られていて、健太くんの小顔と首の長さを強調していた。

ベースの男の子も声をかけてくれる。

「俺は3組の中原正人です。来てくれてありがとうね。桜井には、中原って呼ばれてる。」

ぱっちり二重で、笑顔が優しい。黒い髪に柔らかいパーマをあてていて、その髪型が中原くんの優しい雰囲気を更に強調していた。落ち着いた話し方で。背が高いから、年上のように見える。

「五十嵐春です、よろしくお願いします」

桜井くんがギターをセッティングしながら

「みんな同い年だから敬語禁止ね。」

と声を張る。

「わかった。よろしくね。とりあえず私、楽器を何も持ってないので、座って見ときます。」

「いきなり敬語使ってるじゃん!」と桜井くんに笑われてしまったが、敬語でなるべく距離を置いておきたかった。仲良くなってバンドを断りにくくなるのが怖い。

「じゃあ、早速だけど、皆セッティング出来てる?曲をやろう。」

健太くんも中原くんも、真剣な面持ちで頷いた。

少しの静寂の後、健太くんがカウントを鳴らして曲が始まった。


桜井くんがパワーコードをガガガガと鳴らす。少し速めのエイトビート。

桜井くんが歌う。特別上手くはない。英詞を叫んでいる感じだ。どうやら、洋楽のコピーらしい。中原くんのベースは安定してる。うねるようでありながら、ビートを丁寧に刻んでいて好感が持てた。
ドラムはリズムが先走っている。フィルインで走るクセがあるみたいだ。

サビが終わり、桜井くんがギターソロを弾き始めた。
桜井くんが弦を揺らしてチョーキングという技を披露している。
気合いが入っていて、凛としていて、太い良い音だと思った。偉そうなことを言うだけあって、ギターの腕前は流石だ。

優太のギターを思い出してしまう。優太のギターソロが恋しい。ミスったら笑って誤魔化していたっけ。最低。でも恋しい。また涙で少し視界が歪んできた。本当に泣き虫にもほどがあって情けない。


涙で滲んだ視界の中で、桜井くんの真っ黒なレスポールギターに、アンプのオレンジ色のランプが反射して映っているのが見える。昨日見た、朝焼けを思い出した。

黒い夜を染めたオレンジ色の朝焼け。光が闇を凌駕する瞬間。

そんな瞬間がバンドをしていたら見えるときもある。でも今は怖い。バンドをまたするのが怖い。失うのが怖い。闇が光を覆うことに耐えられない。

毎晩、夜が来るのが怖い。不安の中、桜井くんのギターが鳴る。
桜井くんのリードギターが響く。大きな音。

桜井くんがもう一度キツく弦をチョーキングした瞬間、私は頭に電撃が走るような衝撃を覚えた。
腕に得体の知れない生き物が這い出したかのように、ゾワゾワと鳥肌が立つ。

私の頭の中の優太のギターの音が、桜井くんのギターソロに上書きされて、あっという間に掻き消されていくような感覚が走った。

電撃が身体中の血管を通って全身を駆け巡る。
その電撃が心臓まで辿り着いたとき、身体の中心から、ドクンと音が鳴るのが分かった。心臓の音がバスドラムの音と連動し、身体が痺れるような熱さを覚える。
手が汗でしっとりと濡れていくのが分かる。

優太が私の手を握ったときによく似た感覚だった。
でも、あのときよりも、温度が高い気がした。
赤い朝焼けが黒い夜を掻き消すような、今まで感じたことのない不思議な感覚だ。

音楽で、朝焼けは作れるのだろうか。
私の黒い憂鬱を掻き消すような朝焼けを、音楽で作れるのなら。

「どうだった?」

ずっと下を向いている私に、演奏を終えた桜井くんが不安げに声をかけてきた。
私は、きっ、と顔をあげた。

「ギターの音が大きくて、歌詞が聴き取りづらかったよ。あと、ドラムのリズム、不安定すぎ!ベースに頼りすぎだよ。」

「…そっか。」

「このバンド、凄く未完成だね。」

桜井くんは、この世の終わりみたいな顔をしていた。

「未完成で、もっと良くしたいなって思うところいっぱいあった。」

桜井くんは下を向いたまま呟いた。

「ごめん。まだまだだよな。」

「うん、だから私もこのバンド入る。」

「うん、分かった…ん?入る?」

「私が入ったら、もっと良くなると思った。未完成って、凄く不安で、だからこそもっと聴いてみたくなった。良くしたいなって思ったし、良くなっていくのは、凄く楽しいんじゃないかって思った。違うかな。だめかな。」

桜井くんは何も言わずに、私の頭を掴んだ。
髪の毛をグシャグシャ、グシャグシャと掻き乱す。

「え、ほんとにやめて。うざい」

桜井くんは笑った。ありがとう、と言った。
健太くんと中原くんも、ダメだしされて少し凹んでいたものの、おずおずと笑った。

音楽を聴く度に、ギターの音を聴く度に優太を思い出さなきゃいけないと思っていた。
でも、桜井くんのギターを聴く度に、優太のギターを、優太との思い出を搔き消すことが出来るなら。

私はまた、バンドを始めることにした。





第四話へ続く↓↓↓


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