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ひとりでいてもこわくないと思わせてくれる何か

「ひとりでいるのがこわくなるようなたくさんの友達よりも、ひとりでいてもこわくないと思わせてくれる何かと出会うことのほうが、うんと大事な気が、今になってするんだよね」

これは、2004年に直木賞を受賞した、角田光代さんの『対岸の彼女』の一節だ。

ストーリーは、主人公が子どもを公園で遊ばせているシーンから始まる。公園にいる他の子どもたちに話しかけず、ひとりで砂遊びをしている子どもに、主人公はそっと昔の自分を重ねる。

その様子にまた、わたしは自分を重ねてしまう。

どうして子どものころは、ひとりでいることが許されないんだろう。ただ歩いているだけの登下校も、好きなことをしていいはずの休み時間も、学校が終わったあとの放課後も。それは、子どものころに限らず、大学くらいまで続いていく。

リア充っぽいグループのなかに吸い込まれるとホッとするし、「グループを組みましょう」と言われるとちょっと心がザワつくし、ぼっち席でラーメンを啜っている人からは目を背けてしまう。

そのときは、「こんな気持ちになるのはわたしだけなんかなぁ」とぼんやり思っていた。盛り上げなきゃとか。ちゃんと馴染むようにしなきゃとか。ひとりになるのを恐れていた気がする。

でも、わたしが手に取る本の主人公は大体孤独を抱えていて、しかもたくさんの人に読まれて、大きな賞をとっている。だから、この恐れは、わたしだけのものじゃない。きっとみんなの恐れなんだろう。

そうやってリア充に見えた人たちも、もしかしたらみんな心のなかではそんな思いを抱えていたのかも、と思うと何だかおかしな気持ちになる。みんなで無理して何やってるんだろう。ひとりになるのが怖いから、ひとりでいる人を馬鹿にする。そういうふうになりたくないから。

そして、大人になれば逆にひとりは「自立している人」「群れない人」みたいに称賛されていく。何をがんばって群れていたんだかバカらしくなるくらい、くるっと掌を返される。

でも、そっちのほうがずっと楽だよなぁ。

たったひとりの大事な人や、人生を変えてくれた本や、心のなかにあるぽかぽかとした思い出や、生ぬるくあたたまった万年筆や。

「ひとりでいるのがこわくなるようなたくさんの友達よりも、ひとりでいてもこわくないと思わせてくれる何かと出会うことのほうが、うんと大事な気が、今になってするんだよね」




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