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自分を受け入れて


「パニック障害」と診断されてから、3年が経った。
遅すぎると思うけど、やっと私はそれを受け入れた。

いつか治る、というよりも、いつかふつうに戻ると信じてた。
「ふうう」「戻る」そう考えている時点で、私は、その時の私を受け入れられず、自分自身を否定していたんだと思う。
なんで私はこうなの?今までの私はどこへ行ったの?お願いだから、私を消さないで、のっとらないで…、と。

今までに、3度、ふつうに戻ったと思ったことがある。でも結局は、戻ってなかった。
というか、戻るなんてことはない。過去に戻れないのと同じように(タイムマシンがあれば別だけど)、色々な経験を経て今がある私は、過去の私に戻るなんてことはない。
それでも思ってしまった、この苦しい世界を知らなかった私に、戻りたいと。
回復と悪化を繰り返した。体調をグラフ化するならば、線が上に上がっては下がり、また上がっては、前より下に下がりを繰り返す、右肩下がりのジグザグ線。
そうしながら私は、戻ることなんてないんだと、ある時気づいた。そして、この私と一緒に生きていくことを決めた。少しずつ自分を受け入れた。
急に息が苦しくなる自分も、それを他人に悟られたくない自分も、コーヒーを飲めば手が震え出す自分も、辛くないはずなのに体が泣き出す自分も…、受け入れた。
正直、まだ全て何事も、とまでは受け入れきれていないこともわかっている。


自分がパニック障害だ、精神病だと受け入れた私は、次にそれを治したいと思った。
ふつうに戻りたいではない、治したい。
少し前の私は、戻ったと勘違いしてそうでなかった時に絶望してしまうから、症状がなくなるのを諦めていた。
でも、病気というものなら治せるんじゃないかと思えた。すぐにという話ではない。焦ったら、あとの私を困らせちゃうから。
何年後になっても、いつかはきっと治る。治したいと思う。

病気とは受け入れたけども、その治る日までは、病気というよりも「特性」として生きていけたらいいかなとも思っている。
カフェインで手が震える特性ならカフェインレスを選べばいい。お腹が空いただけでソワソワと動悸がする特性があるなら、きっちり3食規則正しい生活をすればいい。暗い場所や閉鎖空間など苦手な場所へは、行かなくていい。もし行きたいなら、調子のいい時に挑戦するか、誰かに付き添ってもらおう。
苦手は誰にでもあるから。ちょっと面倒な特性だとは思うけど。
発作が来てしまったら、頓服薬を飲んで、時間が経つのを待つだけ。とても辛いけど、死にはしないから。息ができなくても、少し経てばまた絶対にできるから。大丈夫。

私の特性を知ってほしいと思える人には、少しずつオープンに話している。人に話すことで、より自分を客観視できるようになる。
私は、私を受け入れた上で、生活をたのしみ、大切な人たちと、健やかに生きていきたい。


たくさんの貴重な経験をしてきた私も、みんなも、かけがえのない素晴らしい存在だよ。






これを書いた3週間後の私より。
パニック障害ではなく、「躁鬱」だった。
どちらにしよ同じだ、いつか来る終わりを願って、より自分の状態を理解しながら生きていきたい。

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