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2020年ブックレビュー『背高泡立草』(古川真人著)

芥川賞(2019年下半期)を受賞した古川真人さん「背高泡立草」は、スムーズに読み進めるまで、なかなかエンジンがかからなかった。いや、面白くなかったというワケでは決してない。

草刈りに向かう家族のストーリーに、彼らの先祖たちや家にまつわる話が重なり、交互に展開されていく。過去の物語は時代も登場人物も最初からはっきりと書かれているわけではないので、読み手は少々戸惑う。しかし、後半になると、小説全体の中で誰かの(もしかして家の?土地の?)フラッシュバック的な「記憶」の役割を果たしているようにも感じられ、ぐんと面白くなってきた。

主人公の大村奈美や母の美穂、伯母や伯父は、長崎のある島に向かう。荒れ果てた古い納屋周辺の草刈りをするためだ。「なぜ使いもしない納屋の周りを草刈りしなくちゃいけないのか」と疑問に思う奈美。母や伯母たちは草刈りを当たり前に考えていて、不思議とも思わない。

奈美たちの一族には、納屋以外にも「古か家」と「新しい方の家」と呼ぶ空き家がある。その家々や地域には、生きてきた人々の足跡が残されている。満州へ渡った家族、蝦夷地を見てきた鯨取りの男、カヌーで家出して島に流れ着いた中学生…。

島に根付いたり、出入りしたりしてきた人々が、今とゆるくつながり、現代を支える。まさしく、土地の「レイヤード」。私という人間にも、私の家族にも、生きてきた地域にも「レイヤード」があるのだろう。そして、私もまた、「レイヤード」の一つなのか。

ラストで、奈美は母に納屋の周囲に生い茂っていた草の名前を聞く。次々と野草の名前を挙げていく母。その中に「背高泡立草」も入っている。外来植物も含めたたくましい野草は、その土地で暮らして歴史を紡いできた人々の姿と重なる。




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