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2021年ブックレビュー『おらおらでひとりいぐも』(若竹千佐子著)

田中裕子さん主演の映画『おらおらでひとりいぐも』(沖田修一監督)を観て、原作はどのように表現されているのだろうと興味を持った。映画では、主人公桃子さんの内なる「柔毛突起」を浜田岳宮藤官九郎青木崇高の男性俳優が演じていた。「おらだば、おめだ」「おめだば、おらだ」の名調子も、桃子さんとこの男3人が呪文のように唱えてコミカルに踊っていた。

若竹千佐子さんの原作を読み、面白さと深さに驚いた。2018年に芥川賞を受賞した時は、若竹さんの年齢(63歳)と青春小説の真反対である「玄冬小説」であることに注目が集まった。一方で、「どこが面白いのか」「芥川賞に匹敵する作品なのか」といった受賞を疑問視する声もあったように記憶している。

絶対、そんなことはない。

『おらおらでひとりいぐも』は、70代半ばの桃子さんのモノローグを中心に進む物語。一人暮らしの桃子さんは15年ほど前に夫を亡くし、息子や娘、孫とも疎遠。古びた自宅でお茶をすする桃子さんに、複数の何者か(桃子さんは柔毛突起と表現したりする)が古里の東北弁でジャズセッションのように語り掛ける。

一人暮らし桃子さんの思考。ただ思い出にふけるのではない。とめどないようで、そこに「老い」や「女性である自己」に対する深い洞察が潜んでいて面白い。桃子さんは最愛の夫を亡くした時、身悶えするほどの悲しみに浸りながら、己の中に自由になったという一点の喜びが存在することに気付く。夫のために、ではなく、自分のために生きる喜び。

それでいて、桃子さんは死んだ夫の声を聞き、夫に逢いたいと願う。寂しさや老いや死への不安もありながら、ある心境へとたどり着く。

…何如だっていい。もはや何如だっていい。もう迷わない。この世の流儀はおらがつぐる。もう今までの自分は信用できない。おらの思ってもみながった世界がある。そごさ、行ってみって。おら、いぐも。おらおらで、ひとりいぐも。

老いて静かに悟るのではなく、老いて騒々しく内なるセッションを積み重ねて悟る桃子さん。映画「仁義なき戦い」は「広島弁のオペラ」と評されたものだが、この作品は「東北弁のジャズ」だ。





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