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No.147 旅はトラブル / イタリア再訪ひとり旅2010(10)タカコさん&サンシオくん

No.147 旅はトラブル / イタリア再訪ひとり旅2010(10)タカコさん&サンシオくん

連れ合いの由理くん亡き後のイタリア再訪一人旅2010年で、唯一予定を組んだことがあった。友人のタカコさんとサンシオくん夫妻に会うことだった。

今から36年も前になる1984年冬の夜の事だった、タカコさんが改装前の我が家の食卓に付き、由理くんと僕と共に、中央から湯気の出ている我が家の自慢料理「常夜鍋」を囲んだのは。それぞれの箸で、レモンと塩で味付けされただし汁に極薄切りの豚肉とホウレンソウを次々と入れ、舌鼓を打ちながら食し、3人で美術や陶器や映画やらの話で盛り上がった。

この日夕方5時頃、由理くんはひとり西武デパート池袋店の陶器売り場をウインドーショッピングをしていた。何気なく横を見ると、学生さんだろうか、リチャードジノリやローゼンタールの食器を手にとり、熱心に見ている女性が目に入った。由理くんが「ヨーロッパの食器とか好きなの?」と声をかけると、幾らかは年上の女性を全く訝(いぶか)ることなく、ニッコリと笑顔を作り「ええ、素敵ですよね。日本にもノリタケなど素晴らしい食器もありますよね」

のちに由理くんから聞いた二人の出会いの話だ。

青森出身の某美大卒業生タカコさんの屈託のない笑顔に魅せられた由理くんは、中板橋の自宅でのその日の夕飯に誘い、笑顔同様に屈託なく、関西弁が混じる女性の後に付いてきて、出会いから僅か数時間後には、数年来の知己かと言う程に、僕も交えて夕飯を食べて、その日遅くまでいろいろな話の花を咲かすこととなる。

タカコさんは日本で美術大学を卒業後、陶芸を学ぶためにイタリアの美術学校に進んだ。一時帰国して、池袋の西武デパート陶器売り場を見ていたときに、由理くんに声をかけられた次第だった。

にこやかな笑顔のタカコさんから繰り出されるイタリアの生活や美術の話はチャーミングで、その上に刺激に満ちていた。由理くんはちょっと失礼と思われるような話題でも、サラッと聞き出すのが天才的に上手かった。イタリアの美術学校と聞いて「授業料高いんとちゃうの?」との問いに返ってきたタカコさんの言葉は「信じられない」という意味で忘れられない。「年間10万円くらいですよ」

聞いてみると、暖房費や施設維持費か何かだという。今も変わらないのであろうか?寡聞にして知らない。そもそも教育や芸術に対する考え方が、日本とは根本的に違うのであろう。国家財政は貧しいかもしれないが、人々の生活のゆとりや幸福度は如何なものであろうか。いつの日か、ステイに近い形でも半年間くらいはイタリアに住み、その歴史の上に築かれた諸々の事象を肌で感じたいものだ。

その後、タカコさんは長く付き合ったイタリア人男性サンシオくんと結婚した。イタリア人一般には似合わないかもしれない形容詞「穏やかさ」をその言動から放つサンシオくん、彼の家族と一緒に、フィレンツェから電車で2時間ほどの街メルドラで、タカコさんは幸せな日々をのんびりと送っている。日本に帰国したときには、サンシオくんと一緒にこちらに寄ってくれるし、年賀状やクリスマスカードで近況を知らせ合う関係が続いている。

由理くんと二人での初めてのヨーロッパの旅でも、タカコさん夫妻に連れていってもらったフィレンツェ、トラットリアでの賑わいの中での食事は、フェリーニの映画に出演しているような気分にさせられた忘れられない一夜の出来事だった。

「初めてイタリアを訪れた後、タカコさんとサンシオくんには、改装した自宅に一度来てもらっているな。それから会っていないな」タカコさんが学んだイタリア陶芸学校があるFaenzaファエンツアに向かうゆったりとした速さの列車の中で、タカコさんのにこやかな笑顔を思うと、当然のように軽く微笑んだ由理くんがひょいと現れる。

太陽が一日のうちの最も南に位置する少し前に電車はファエンツアの駅に到着した。駅前の小さな広場に置かれたベンチに腰を下ろすと、穏やかな陽射しの温かさが僕の心にも届く。駅から真っ直ぐに伸びる並木の歩道の左に停められている何台もの車をぼんやりと見つめていると、こちらに向かって歩いてくる二つの姿が見て取れた。

オレンジのTシャツにカーキ色のデニム姿の白髪の長身男性と、ブルーのワンピース姿に白のサンダルを履いた黒髪の女性が仲良く手を繋ぎ、こちらに向かってくる。僕に気づいたのか、女性は空いている右手で元気に手を振り始めた。人を癒すにこやかな笑顔は、穏やかな陽射しよりも眩しかった。

タカコさんとサンシオくんと過ごすこれからの数時間は、由理くんを交えない初めての時間だなと思い至った。タカコさんとサンシオくんが徐々に近づいてくる。少しずつ少しずつ二人が近づいてくる。段々とお互いの距離が縮まる。

この旅でもいろいろな出会いがあった。マミとの再会(No.133 No.135 No.137)ローマ駅での少年(No.136)「擦り切れたタイヤ倶楽部」のじい様たち(No.137 No.138)ルレ・ウフィツィホテルのスタッフ(No.140 No.142 No.143)フィレンツェレストラン「アッレ・ムラーテ」での出会い(No.141)バックパッカーの若者4人(No.143)そしてタカコさんとサンシオくん夫妻・・・

しっかりと明るく生きていこう。どこかから元気が出てきていた。


「イタリア再訪ひとり旅2010」完


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