見出し画像

No.182 よろしく!小野先生(7)学習塾を始めて間もない頃

No.182 よろしく!小野先生(7)学習塾を始めて間もない頃

1998年3月、学習塾を初めて二ヶ月が経ちました。少しずつ、本当に少しずつ、ひと月にひとり、二人と生徒が増えてきました。大手の学習塾の多くは、四月の新学年時に合わせて入会の募集を進めるのでしょうが、こちらの塾では、季節や時期を問わずポツリポツリと相談を受けることが多いのです。

「大手の塾に通っていたが馴染めなかった」「算数の割合の問題が分からなくて困っている」「高校受験までに残された時間があまりない」「大学入試英語長文問題の点数がとれない」など学年も、教科も様々ですが、困ったから何とかしてください的な相談が、開校当時から今に至るまで多く、教師というよりは「駆け込み寺」の住職の心境です。

フランチャイズとして入った本部の「面接指導」の一部です。「入会希望の問い合わせがあったら、保護者の方と一緒にお子さんにも来てもらいましょう。自信をつけさせるため、易しめの入会テストをお子さんにさせましょう。テストをしている間に保護者の方に費用などの説明をしましょう。テストの結果がどうであれ、保護者の方には『不安』を持たせましょう。できている子には『志望校はなかなか難しいですよ』など。できていない子には『基礎から学習の必要があります』とか、ですね。学習塾はじめ、教育産業は『不安産業』なのです。保護者の方の気が変わらないうち、早めに入会まで持ち込みましょう。」

なるほど、このようにして人の不安の心理を掴みお金儲けをするのか、社会勉強にはなりましたが、心の底では「詐欺の手引きかいな」と毒づき、連れ合いの由理くんから学んだ「アホかいな」との関西弁が、喉元まできていました。本部の教えを反面教師として、こちらの塾の「入会までの流れ」を作りました。その文言です。

「入会までの流れ」

保護者の方とお会いし、将来の希望・展望、お子様の現状などをお聞きし、当スクールの理念・システム、これまでの活動内容などをお知らせいたします。
   双方の意見が合えば
お子様に学力診断テストを受けていただきます。テストの結果・当スクールへのご要望などを考慮し、今後の学習の最適な方法をご提案致します。
   日程を調節し、後日
希望の学習箇所、苦手な科目などを中心とした体験学習を受講していただきます。
   双方の意見が合えば
入会手続き
 ※上記の面接・学力診断テスト・体験学習の際には、当方も率直にお話しさせて頂きますので、忌憚のないご意見・ご要望をお聞かせください。

保護者の方との面談は、大体1時間はかかりますし、2時間を超えることも珍しくありません。学力テストも、本部の提供したものではなく、教科別・難易度別の問題を手作りしました。体験授業も、他のスクール生もいる通常の授業の中で受講してもらうのが当然と思っています。

実際に塾を始めてみると、公立小中学校の教育のレベルの低さ、学校で使用している教材や指導の貧弱さを目の当たりにして、不安から塾を頼るようになる親御さんの気持ちも理解できるようになってきていました。

公立小学校算数の「文章問題」を見て、口の悪い僕は「こりゃダメだ。意味がない」と声に出してしまいました。「小数のかけ算」とプリントの一番上に大きく書かれ、文章の中に小数が二つしか書かれていない問題を見れば、多くの子は考えもなくその二つの小数をかけるだけになってしまう。

本来「文章問題」とは、文章の中に出てくるいくつかの数字を「たす」「ひく」「かける」「わる」、四則計算のどれを使うか、あるいはいくつかを組み合わせるのかを、自分で考え答えを導くものです。

計算問題を解く際の、計算用紙の書き方も酷い子が多いのに驚き、日常の雑用が多いと言われる先生方が、細かい指導に手が回らないのだろうかと首を捻ることもありました。

私立中学に通う知り合いの子が、計算問題をする時にも式をたて、数字の後にm(メートル)や円(えん)などの単位をちゃんと付けていたので、聞いてみると学校で指導されているとのことでした。この違いはどこから来るのだろうか、お金をかけなければ良い教育を受けられないのだろうかと、何かさびしくもなってしまいました。

少しでもよき指導を求め、教材を研究して、結果的に独自の教材を作り始めた話は、note記事「No.132」「No.134」で詳しく触れています。加減乗除のいくつかを使って解く「塾生が登場する文章問題」なども、楽しんで作ったりもしました。

画像1


期待したようには生徒も増えず、実際の教務よりも雑用の方が多い開校間もない日常だった。教室の中を電気掃除機で掃除していたとき、なんとなく声が聞こえたような気がして顔を上げると、入り口の所に立つ一人の若い女性が口を動かしている様子であった。

少し慌てて電気掃除機のスイッチを消すと、間が抜けたような音は徐々に小さくなっていった。「失礼しました、聞こえませんでした」と謝ると、その若い女性は、両手を後ろに組んでちょっと腰を屈め「お掃除邪魔しちゃいましたね。お話しさせてもらえますか?」と、笑顔を向けて尋ねてきた。

この数ヶ月後に小学4年生となるリョウくんとの長い付き合いは、ミドリお母さんの屈託のない明るい問いかけから始まった。

・・・続く

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?