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追いかける背中

休日はいい気分。

1週間ぶりに洗濯ができた感じ。
いや、実際それくらいたまってた。

へルマン・ヘッセのデミアン
ヘミングウェイの移動祝祭日
ジェーン・オースティンの高慢と偏見

ここ最近はこれらの偉人たちが残した
まだ息のある作品を噛み砕いては飲み込んでみた。

反芻しながらすりつぶしてみて。
その残った小さな破片を拾い集める。
僕の価値観。

牧歌的で市民的な詩人ではないヘッセは
実は過去に精神を病んだアウトサイダーだし。

「パパ」と呼ばれ、古き良き男の象徴だった屈強な男ヘミングウェイは銃で自ら命を絶って。

田舎にいるごく普通の娘の生涯を描いた作品が多いジェーン・オースティンはさりげなく当時の社会構造に痛烈な批判を浴びせつつ、人々が安らぐストーリー(ほんと見事に)を作り上げてる。

この、3人は魅力的な人間だ。
一筋縄ではいかないバックボーンとストーリーがある。

生き方が格好いいなって思う。
世間の中にいながらも、自分の道を忘れなかった。
心の中にある道を歩み続けた。

たとえそれが孤独で、
困難に満ちていて、
規範から外れていても、
歩むのを止めない。

そういう姿勢は格好いいなと思う。
真似ができるわけじゃないけど。

自分なりに
苦しんでみて、
迷ってみて、
逃げてみて、
ぶつかってみて。
やっと見えてくる道が
自分の道かもしれないってことだ。

でも追いかけたい背中っていうのはある。

前に40年位前のLevi's 501をもらった。
色が落ちて、タグは無くなりかなり柔らかくなっている。

サイズはかなりぴったり。
キツいぐらい。

20年以上追い続けてきた背中がそこにある。
これからも追い続けていく背中が。

ちょっと無理してでも
穿いていたい。

父のLevi'sをずっと穿ける
体型でいたい。

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