ここはどこ?私は…笑う巡礼者!【その2】
「ああ、もう絶対違うわ(泣)」
道を間違えたことを知ってガッカリ。ため息でも吐いて、しばらくしょぼくれていたい気分だが、そうはいかない。
こうなったらとにかく、人里、町、村、人が住んでいるところへたどり着くぞ、と気持ちを切り替えて歩いていると、女性がふたり歩いてくるのが見えた。
第一村人発見!
すかさず呼び止め、巡礼路をご存知ありませんか?と訊ねる。すると彼女らは、よく分からないと言いながら、町に行って訊ねるといいわ、と教えてくれた。
明確な答えは得られなかったが「町がある」という情報は心強い。それから数分も経たないうちに視界の向こうに教会の鐘塔が見えてきた。なかなか風情のある姿、
どこかのと似ているなあ。
焦りつつそんなことを思う余裕を持ちながら、早足で最後の坂を上る。そしてようやく、小さな町の広場にたどり着いた。ここまで来ればどうにかなりそうだ。ひとまずホッとした私はバックパックを広場のベンチに下ろし、腕を大きく振ってほぐしながらあたりを見回した。すると、なんと!あの、久しくお目にかかっていなかった巡礼路を示す看板がドーンッと眼前に掲げられていた。
完全にあさっての方向へ行っちまったと思っていたが、意外にすんなりと巡礼路に復帰できることを知って、ひと安心。そこがどこだか相変わらず分かっていなかったが、これをたどって行けば今日の目的地には着けそうだ。
ひとまず安堵して、肩を回し、首をほぐしながら小さな広場を歩き回っていると、これまた小さな超地元スーパーマーケットの店先が目についた。
ああ、スーパーマーケットね……って、ぁうん?
そこでハテナが頭の中で点灯。
見たことがある…‥…というより、昨日、来たよね。
いやいやいや、ちょっと待て。そういえばあの角の薬局、今朝、見たよね。
だんだん自分が置かれている状況が明らかになるとともに、腰が砕ける。
そう、そこは紛れもなく、今朝、清々しい気分で出発を迎えた町だったのだ。
どおりで、見たことのある鐘塔なはすだ。なにせ、昨日泊まった宿の真ん前にズーンとそびえ立っていた教会だったのだから。
つまり真相はこう。
意気揚々と宿を後にして一時間、ぐるーっと円を描いて出発した町に戻ってきた。
では、あの私が頼りにしていた白と黄色の横線はなんだったのか?というと、町からのちょっとしたトレッキングコースの目印で、町から出たあたりで巡礼路から分岐して伸びていたのだ。
なんでやねん!
(♪チャン、チャン♪)
古典的なオチがついたところで、気持ちを入れ替える。
その日は少なくとも25km歩く予定をしていたので、一時間のロスはけっこう厳しい。悠長に笑いに浸っている場合ではない。
身体は十分に温まっていたので、身につけていた防寒具のいっさいがっさいをバックパックへ押し込む。それから仕切り直しとばかりにそのバックパックをしっかり担ぐと、今朝通った道を再び下りはじめた。
ところで、いったいどこで道を間違えたのか?これが肝心。今回は見逃すわけにはいかない。
注意深く目印をたどりながら下っていくと、やがて巡礼路が車道と合流した。そこにはいつものように巡礼路を指し示す、大きな看板が堂々と立っていた。
そこに書かれた矢印の方向を見ると…そのまま道路を交差した山道を指している…‥‥‥ように見えるのだが、
ちょっと待て。
よくよく、よーくあたりを確かめると、道路に沿って右側のカーブの先の向こうの方に、石造りの巡礼路の道標が立っているではないか!
つまり、巡礼路は道路を渡ってまっすぐ突き進む……のではなく、ここで右折して道路に沿って歩いていくのが、正解だったのだ。それなのに、今、目の前にある看板の矢印は右ではなく、やはり道路を交差した対面を指しているようにしか見えない。
いったいどういうことだ?こいつが道を間違えた諸悪の根源であることは間違いない。
謎が解けないまま、とりあえず私はここで右へ曲がってしばらく道路の脇を歩き続けた。
さて、あの看板に描かれていた矢印は何だったのか?なにかの拍子に動かされて違う方向を指してしまっていたのか?それがそうでもないのだ。
実はこの問題の看板の矢印が指していたのは、進む方向ではなく、歩道の所在を指すもので、
道路に出たら「左側を歩いてね」
という、交通ルールを伝える看板だったのだ。そこにたまたまま矢印に沿ってまっすぐに伸びる山道が続いていたものだから、私は迷わず、迷い道へと入ってしまった……というわけだ。
その事実を知ったのは、とある交差点へさしかかったときのことだった。
そこでは石の道標、ガードレールに描かれた黄色の矢印はそのまま真っすぐを指しているのに、例の看板の矢印はあろうことか、右を指していたのだ。
さすがにこれは違うやろう。
そこで私は交差点全体を見渡してみた。すると、ここまで歩いてきた車道の左側にあった歩道が交差点で途切れ、そこから先は、対面を渡って右側に続いていたのだ。
それらの案内を照らし合わせると、次のようになる。
「ここからは行き先は真っ直ぐだけれど、車道の右側に沿って歩いてね」
なんや、それ?!
こうして謎も解け、およそ5kmの回り道の挽回するべく、ひたすら歩き続けたおかげで、目的地には予定よりも早く着くことができた。
「いやぁ、それにしても参った。あの景色はご褒美だったんかもしれんけど、5km追加はやっぱキツイで〜」
我ながらおもろい経験をしたと笑いながら、長い一日を終えたのだった。
山上美香
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