【広島県・佐木島】静かな島で、理想の暮らしをつくる|三原市地域おこし協力隊・中園唯花
小さい頃から不思議に思っていた。
本土から島へ向かうフェリーに乗っている25分は、驚くほどに短く感じるのだ。大人になった今でもそう。船の優しい揺れに身を任せ、潮風を体いっぱいに受ける時間は、ご褒美のような感覚だった。
そんな幸せな気持ちで向かうのは、佐木島(さぎしま)。瀬戸内海に浮かぶ周囲18.2kmの島は、人口611名、新幹線からいちばん近い離島と呼ばれている。そして私の母の故郷でもあり、私のルーツである大切な場所だ。
そんな佐木島に、ここ数年で食事ができるお店が少しずつ増えてきている。今回はその中の一つ、「にゃんにゃんファーム」のご紹介。
そもそもこの場所を訪れることになったのは、1本のnote記事を読んだことがきっかけだった。それはこの場所をオープンした、地域おこし協力隊の中園唯花(なかぞのゆいか)さんの自己紹介記事だ。
タイトルにあるように、本当に長い自己紹介だった。淡々とした言葉の中にも彼女の想いが強く感じられ、知らないうちに涙が溢れた。私と同世代で様々なことに挑戦する彼女に会いたい、と強く感じた私は母を誘って久しぶりの里帰りをすることに。
実際ににゃんにゃんファームを訪れて、中園さんにお店のことや、島での暮らし、地域おこし協力隊としての活動について伺った。
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週1回の憩いの場、「にゃんにゃんファーム」
毎週水曜日にオープンするにゃんにゃんファーム。ここは地域おこし協力隊として佐木島に移住した、大阪出身の中園唯花(なかぞのゆいか)さんが、島民の方の協力のもと始めた場所だ。
島の養鶏場で作られた卵や、島の野菜、地域の方が作るお惣菜のほか、島の作家さんの作品が並ぶ、みんなで作り上げる場所になっている。
お惣菜は特に人気で、14時にはいつも売り切れてしまうそう。滞在中もお惣菜を買いに、あるいは中園さんの顔を見に島民の方がひっきりなしに来店していた。
「ゆるくお付き合い」がモットーのこの場所の空気感は、もちろんゆるい。けれど、けっしてダラダラしたものではなく、ほっと安心できる、そんなゆるさだ。
もともと駄菓子屋だったというこの場所。
「昔は駄菓子屋さん、その後はお店の奥の方で3人ほどのご夫人が集まり、島ででた不要な布生地で新たな縫い物作品を作る憩いの場。ただ、いま私が使わせていただいている入口付近のスペースは、素敵な空間なのにほとんど機能していませんでした」。
地域おこし協力隊として、島のひとと何かを一緒にやりたいと考えていた彼女は、ここを借りたいと考えたそう。
「自分の無理のないペースでゆっくりできたらなと思い、週に1回の数時間だけオープンすることにしました。でも本や物品、島の情報室だったり、島のコミュニティスペースだけだと島の人は来てくれない。じゃあ何がいいかなと考えたとき、食べ物がいいんじゃないかなと思って」。
「でも、1人で飲食店を営業するとなると大変なので、島の飲食店の人に声をかけてみることにしました。週に1回、数品だけでいいので、なんか作れませんか?と。そしたら2店舗も協力してくれることになり、こうやって、ゆるくやっています」。
移住のきっかけとなった島の魅力、音のない暮らし
もともと島生活に憧れがあったと言う中園さん。
専門学校を卒業後、企業のパン屋に就職した。当時、「自分のパン屋を持ちたい」という夢があったが、労働環境や大量破棄を前提とした生産現場への違和を感じていたという。
「技術を身につけるため就職しましたが、作業工程は機械頼み。技術の習得ができないことに加えて、奨学金という名の借金の返済への不安もありました」。
その後、将来のことを改めて考えるために、広島県の山間部のパン屋に再就職した中園さんはスーパーカブで島々を巡りはじめたそう。
「大阪市内で育った私は、自然の中の暮らしにずっと憧れていました。どんな場所がいいか考えたときに、山には、山しかないない。でも島には山もあるし、海もある。いいとこどりができると思って。
それに、島の方がゆっくりと時間が流れるイメージがありました。私が好きな東南アジアのような、のんびりしたところがいいなと考えていたとき、佐木島と出会いました。
音がないんですよ。はじめて佐木島へおりた瞬間、静かだなと感じました。
以前、橋が掛かっている本島と陸続きの島に行ったとき、交通量の多さに少し驚いたんです。全然イメージしていた島とは違う、と思って。ここ佐木島はというと、全く車のすれ違いもなく、しんとしているんですよ。音がないってこんな感じなんだと、とても印象的でした」。
移住して直面した課題、「地域おこし」は一人ではできない
実際に移住して2年、もちろん大変さを感じることもあるのだそう。
地域おこし協力隊として佐木島へ着任して、自分にできることをやろうと考えた中園さん。非電化工房*(エネルギーとお金を使わないで得られる豊かさがテーマの実験工房/私設テーマパーク)で学んだ知識を活かし、ピザ釜作り体験と、完成した釜を使ったピザ作り体験を企画した。
合計で4回、イベントとして行い、どれも盛況で参加した方からも「楽しかった。またやろう」という言葉を掛けられるも、中園さんは複雑な気持ちを抱えてたという。
「地域の方も主催者に回って、一緒に企画を進めたいという私の思いとは裏腹に、日程調整や材料集め、宣伝、全てをするのは私1人だけという状態でした。
地域おこしは、地域の方と一緒にやるから意味がある。でも現実は、地域おこし協力隊への期待が大きいこともあってか、みんなと協力して何かをするのが難しいと感じています」。
暮らしを自分の手で作る
移住して見えた島の課題についてお話を伺っていると、ちょうどお店を閉める時間になったので、中園さんが「自分で改装している」という古民家へお邪魔することに。にゃんにゃんファームから車で5分ほどのその場所は目の前に海が広がる、とても静かな場所だった。
島民の方に借りた古民家を改装して、ゆくゆくは自分の住処にしたいと話す中園さん。床の張り替えから、漆喰、基本的に1人で行なっているというので驚きだ。この春には五右衛門風呂(ごえもんぶろ)も完成した。もちろん手作り。
「今はにゃんにゃんファームの運営と合わせて、自分が将来パンを作るための空間作りを中心に活動しています。海月の棲み処(くらげのすみか)という名前で作っているのですが、ただパンを焼くだけの場所ではなく、人が集まれるような空間にしてゆきたいです」。
これからはひとりの島民として、対等な関係を築いていきたい
移住前には見えなかった課題を通して中園さんが考えたこと、それは地域おこし協力隊を辞めるということだった。
「これからは、地域おこし協力隊の中園唯花ではなくて、ひとりの島民として地域の人ともつながり続けていきたい。前者は、島の人と対等な関係性を築くのが難しいと感じています。なので、ひとりの島民として無理なく、自分にできること・やりたいことをここ佐木島で少しずつ実現していきたいです。
これから新しく地域おこし協力隊としてこの島に来る方も、きっと私と同じように課題に直面すると思います。その時は経験者としてサポートできたらなと思っています」。
そう語る中園さんの表情は明るかった。移住して直面した課題に向き合って出した彼女の答えが、これからどんな花を咲かせるのか楽しみだ。
編集後記 知っているようで知らなかった、島のこと
幼い頃から何度も訪れていた佐木島。今回、移住者である中園さんとお話して「私は全く島のことを知らなかったのだな」と感じた。
その中のひとつ、多くの地方でも課題となっている地域の高齢化。もちろんこの島も例外ではない。中園さんのように若い世代が少ないこの島では、世代間の価値観の違いによる議論の難しさという課題も抱えていることを彼女に教えてもらった。
島の魅力も課題も、その土地で暮らしてきた人々にとってはあまにも当たり前で、見つけるのが難しい。
だからこそもっと若い世代に来てほしい、と語る彼女からはこの島を想う気持ちが伝わってくる。課題があるなかで自分の理想とする暮らしをつくる姿からは、この島がこれから少しずつ変化してゆく未来が見えたようだった。
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にゃんにゃんファーム 詳細情報
中園唯花さんSNS
CREDIT
ライター/編集/写真:みかやん
camera:RICHO GR lll
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