動物とコーヒー -後編-
(前編はこちらから↓↓)
少ししてから、コーヒーが届いた。先輩の言っていた通り、真っ黒で、変わった匂いがする。
モモ「今日初めて?」
新人「はい。」
モモ「まずはね、この香りを楽しむの。どう?」
新人「…よくわからないですね。」
モモ「あはは、そっか。私はこの香りが好きなの。じゃあ、一口飲んでみて。」
恐る恐る飲んでみると、予想とは裏腹に、美味しかった。
新人「確かに苦いけど、美味しいですね。」
モモ「ほんと?良かったわね、マスター。」
マスター「…ええ。」
モモ「このコーヒー、マスターが自分で挽いてるの。だから、毎日表情が違う。だから好きなの。」
新人「そうなんですね。僕は、ずっと同じ味の方が安心しますけど。」
モモ「…ずっと同じだと、むしろ不安になる。」
その日から、新人のカバとフラミンゴのモモは、毎日のようにそこの喫茶でコーヒーを飲んだ。モモの笑顔を見るたび、新人は疲れが取れていった。コーヒーが、心の檻を開けてくれた気がした。
ある日、いつものようにコーヒーを飲んでいると、カバはある疑問が浮かんだ。
新人「そういえば、モモさんがコーヒーを飲み出したきっかけは何なんですか?」
モモ「…」
モモは一瞬暗い顔を浮かべ、コーヒーを一口飲み、ゆっくりと話し始めた。新人のカバは、モモのその表情がたまらなく愛おしいと感じた。
モモ「…新人君。叶わない恋ってあると思う?」
新人「…え?」
モモ「例えば、新人君が私のことが好きだとして、それって叶うのかな?」
新人「え!……えっと、つまりは、」
モモ「私ね、」
新人「!」
モモ「飼育員さんのことが好きなの。」
新人「え…」
頭が真っ白になった。と同時に、コーヒーの苦味が急に襲ってきた。
モモ「私と飼育員さんは、種類も立場も違う。しかも、普段は檻で隔たれてる。こんな恋、叶うわけないよね…。」
新人「…どうして、好きになったんですか?」
モモはコーヒーを一口飲み、話を続けた。
モモ「…あの人ね、毎朝違った顔で来るの。怒ってる時もあるし、疲れてる時もある。だけど、私の前ではずっと笑顔なの。昔は、それが素直に嬉しかった。…でも、今はそれが不安なの。でも、だからこそずっと近くにいてあげたい。そう思ううちに、好きになったの。…不器用でしょ。」
新人「…」
モモ「彼ね、毎朝コーヒーを飲むの。私ね、彼に少しでも近づくために、コーヒーを飲み始めたの。不純よね。」
新人「…」
モモ「新人君?」
新人「…きっと、きっと叶いますよ!」
モモ「え…」
モモさんは驚いた表情を浮かべたが、僕は構わず続けた。
新人「こんな素敵な女性、他にいません!その飼育員さんも、モモさんの魅力にきっと気づいています!種類とか立場とか檻とか、そんなの関係ありません!だから、きっと叶います!」
モモ「新人君…」
僕は必死に訴えた。モモさんに悲しい顔をさせたくなかったし、何より、モモさんの恋を否定すると、僕の恋も否定することになるから。
モモ「…ありがと。」
新人「!」
モモ「……でも、もういいの。もう諦めてる、大丈夫!ありがとね。」
新人「あ…」
さっきまでの表情が嘘のように、モモさんは、いつもの笑顔でこっちをみた。
僕はその瞬間、この恋は叶わないと悟った。
冷め切ったコーヒーは、ただただ苦くて、まずいだけだった。
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