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三十一音の道しるべ〜桑原亮子『トビウオが飛ぶとき』の世界へ

家庭内夏風邪リレー。私がアンカーとなり、久しぶりに熱を出しました。
熱が上がるにつれ、文章が書けなくなり、文字がたくさんある本も読めなくなり、最後に手にとったのが桑原亮子さんの歌集『トビウオが飛ぶとき』

桑原さんはNHKの連続テレビ小説『舞いあがれ!』の脚本家であり、歌人でもある方です。
このアンソロジーでは、歌人の貴司くんをはじめとする、登場人物たちの詩歌を楽しむことができます。

短歌が物語を動かす鍵になる、桑原さんの言語感覚に魅了され、発売されて間もない頃購入していたのですが、忙しさにとりまぎれて、今日まで開かずにいたのです。

   トビウオが飛ぶとき他の魚は知る水の外にも世界があると

弱った心身に、研ぎ澄まされた三十一音が、滋味深いお粥のように染み込んできます。
かぎりなくやさしい言葉たち。
元気なときの自分、日々の雑事に追われ、いつの間にかひとつの言葉の中に落ち着いて滞在する余裕をなくしていたな、と気づかされました。

驚いたのは、貴司くんの短歌は貴司くんらしく、秋月さんの歌は秋月さんらしく、くっきりした色合いを持っていること。
作者を隠してバラバラに混ぜても、誰の歌かおおよそ予想がつくように詠まれています。
感じたことを三十一文字に織り込むだけでも素人には難しいのに、登場人物の個性に合わせて風景を見つめるフィルターや言葉の選び方を調整するなんて、圧巻のプロの技!

さらに感動したのは、本文に使われているフォントやページのデザインです。
それぞれの歌の持ち味に合わせて、フォントやレイアウトが変わっている……と気づいたときには鳥肌が立ちました。

そして本書の解説を手がけるのは、歌人・俵万智さん。
なんと豪華な布陣でしょうか。
「短歌の素晴らしさとは、まさにこういうことだと思う。人の心に寄り添い、折に触れお守りのように励ましてくれるのだ」と俵さんは書かれています。

つらいとき、苦しいときの道しるべになるような言葉と、短歌の魅力がたくさん詰まった、素晴らしい1冊でした。

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