Naked Desire〜姫君たちの野望

第一章 心の壁−8

ギムナジウム(高校)に進学しても、相変わらず他人との会話や集団行動が苦手だったクラウスは、校内で孤立していた。
修学旅行前に開かれたホームルーム(HR)でクラウスは、クラスメートのいじめを理由に、ギムナジウム(高校)の修学旅行を拒否すると宣言した。いじめ問題は、心ある数人のクラスメートが動いたことで解決したが、結局彼は修学旅行を、無断で欠席した。
修学旅行は原則として、同一学年の生徒が員参加する学校行事だ。欠席が認めらるのは、出発前に病気やケガが治らないなど、やむを得ない事態が起きた時に限られ、無断欠席は校則違反に該当する。しかし彼は期間中、学校からの連絡要請を無視し続けた。
彼のとった行動のツケは、あまりにも大きかった。旅行終了後のHRで、彼はいじめ問題の解決に取り組んだ人間のメンツを潰したと、クラスメートから糾弾されたのだ。
だが彼はHRで黙秘を続け、クラスメートからの質問を無視し続けた。その結果、彼はクラスで「いない人間」とされた。もちろん卒業アルバムのクラス名簿にも、彼の名前はない。
美術館巡りを趣味としていたクラウスは、大学では美術史学科を志望していた。授業態度は真面目で、国立宮廷行政学院(以下「NRCV)芸術史専攻の合格基準もクリアしていた。
しかし教師達は、美術史学科が設置されている大学を受験するための、内申評定書を発行することを拒んだ。協調性がないため、教師達の心証を著しく悪かったからだ。
美術史学科が設置されている大学は、自宅から離れたところにしかなかった。彼は親を説得したが、両親は引越費用を出してくれなかった。結局彼は美術史学科への進学を諦め、自宅から通える範囲にある大学の史学科に進学する。
入学した大学には、ギムナジウム時代の同級生も多数籍を置いていたから、自分の状況はいままでと変わらないだろうと思っていた。だが彼の通う大学は学生数が多く、少しはマシな状況になるのではと期待していた。
しかし、その期待は入学早々、インフルエンザで大学を休んだことで一変する。大学行事は、彼が休んでいた間に、全て終わっていた。
ガイダンスの資料と受講手続きは、インフルエンザ診断書と引き換えに済ませることができた。だがかすかに期待していた、学内での新た出会いはなかった。彼は授業に関する情報収集を、独力でやらなければならなかった。
彼が在籍していた史学科の必修科目には、ゼミナール形式で展開される授業がある。彼がその大学に入学したのは、入学案内のパンフレットに、彼が興味を持てるゼミナールが記載されていたからだ。
ところが、3年進級時前に受け取ったゼミガイダンスの資料には、そのゼミが記載されていない。そのことを大学事務局に質問したところ、担当教官が退官し後任教官もいないため、今後は開講される見通しはないという答えが返ってきた。
卒業のためにはゼミが必須だが、彼はどうしても興味を持てるテーマを見つけることができなかった。彼は迷ったあげく、少しだけ興味を持てる分野のゼミを受講することにした。
だが異性とうまく交流できなかったクラウスは、ここでも孤立する。当初は彼に対していろいろ世話を焼いていたゼミの教授も、ほどなくして彼を無視するようになった。
「ゼミは卒業資格のための手段」と割り切っていた彼は、レポートに毛が生えた程度の論文を「卒業論文」として提出する。そんな「卒論」に、高い評価をつける共感はいない。教授は彼の論文に最低点をつけ、彼もまたその評価を受け入れた。
在学中に学芸員と図書館司書の資格を取得したが、彼みたいに学内で孤立していた学生が、これらの資格を取っても無意味だと悟ったのは、大学を卒業してからだった。
こんなことになるなら、大学では勉強より、他人に取り入る術を身につけることを優先すべきだと後悔しても遅い。就職活動でも結果を出せず、今のカフェに採用されてから3年が経とうとしていた。
思い出したくない過去を思い出しながら、エアバイクを運転すること、約10分。
クラウスは、今の勤務先であるカフェに到着した。
従業員用の駐車場にエアバイクを止め、裏口の従業員入り口から店内に入る。
制服に着替えて「おはようございます」とあいさつをすると、店長から呼び止められた。
「おいクラウス、俺はいつも『5分前INしろ』と言っているだろうが」
「今日も始業前に店に来たでしょう?」
「バカか貴様、5分前に仕事できる状態にしろといつも言っているんだ」
と店長は居丈高にいうと、彼に厨房のゴミを捨てるように命令した。
「あのクソ店長、俺にこんな汚い仕事ばかりやらせやがって……」
グチグチ言いながら、クラウスは大きなゴミ袋を捨てる。なにか言ったか?という店長に対し、彼は小声で「いいえ」と返した。


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