Naked Desire〜姫君たちの野望

第一章 心の壁−14

「うっせえなこの野郎! なにを偉そうに!」
といいながら、男は歯を食いしばって、両方の拳を握りしめるる。
私はそばの店員に、警察を呼ぶように伝えると、改めて男に向き合う。
「この店は、全館禁煙だとわかってますわね?」
この店には、店内の目につく場所に「全館禁煙」という案内板が設置されている。誰にでもわかる場所にあるので、知らないと言うことはありえない。この男がなにか不埒な目的をもって、ここで迷惑行為をしているのは間違いない。
「店員は、あなたに今すぐ出て行かれるよう警告したはずです。それなのに、あなたはそれを無視した……」
「俺は客だぞ! カネ払ってるんだ! 何をしようと俺の勝手だ!」私の警告を無視して、男は自分の言いたいことだけを、一方的にまくし立てる。
私は、男の席に視線を向ける。テーブルの上には、コーヒーカップが一客あった。男が使っているのは通常のものだから、おそらく上得意客ではない。カップに口をつけた形跡はないから、喫茶が目的ではないのは明らかだ。
今は一刻も早くこの男を捕まえ、本来の目的を自白させないと。痛い目に遭わせるのは本意ではないが、それも相手次第だ。
私は店内をゆっくり歩きながら、改めて男の背格好を見る。顎は角張っている。目鼻立ちは、先ほど見た印象と変わらない。体型はがっしりしているが、肌はきめ細かい。普段から、手入れを欠かさないのだろう。
履いているスニーカーは多少汚れているが、周囲に不快感を与えるほどではない。口の利き方こそ乱暴だが、身なりは小綺麗なので、この男はごく平凡な中位中流階級所属の市民と判断できる。
とはいえ、このような客は、さっさと警察に引き渡さなくてはなるまい。私は男に数歩近寄った。
「最後の警告です。これ以上こちらの指示を無視するようでしたら、こちらといたしましても、不本意ではありますが、あなたを警察に引き渡すより他ありません」
しかし、この警告も彼には通じなかった。
「黙れこのアマ!」男はテーブルから立ち上がり、掴みかからんばかりの勢いで、私のそばに近づく。それを見た私はきびすを返して、店内を駆け出す。
「待てこの野郎! 逃げるのか!」男は激昂して追いかける。
私の目の前に、階段が見えた。ちょうどいい。犯人を仕留めるために使ってみようか。
「うぉりゃぁぁ────!!」男が勢いよく、背後から私を押し倒そうとする。
私は一瞬スピードを緩めると、階段の踊り場で急停止した。
そこに男が突進してくる──私は、その時を狙っていた。
男の足首が当たるように私は自分の足首を上げると、男はバランスを崩して前のめりになった。
その瞬間を、私は見逃さなかった。
素早く背後に回り込み、両手で軽く男の身体を押すと、男は悲鳴を上げながら、階段から踊り場に勢いよく転げ落ちた。
「いってぇぇぇぇ────!! なにしやがるこのアマ!!」
男は絶叫すると、身体を激しく左右に動かした。
私は男のそばに歩み寄ると、トゥに全体重をかけ、男を踏みつけた。最初に右肩、そして右足首に。
「ギャァァァ────────!!」
男は私に踏みつけられるたびに、大声を出し、床をのたうち回る。これだけの騒ぎになっても、この男には「反省」とか「迷惑をかけた」という概念は浮かばないようだ。
「何でこんなことになったのか、思い当たる節は?」と尋ねる私に
「なにしやがるこのアマ! 勝手に首を突っ込んで、勝手に突き飛ばして、それでも飽き足らず、今度は俺の身体を好き勝手に踏みつけやがって!!」
手足をばたつかせ、身体を左右によじらせながら男は怒鳴る。
「てめえ、今度あったらただじゃすまねぇぞ!!」
「そうですか? じゃあ、ただじゃすまねぇようにしてあげますよ」
私は静かに言い返すと、今度は右足のトゥに全体重をかけるように、側頭部を踏みつけた。そして左足で、地面を思い切り踏ん張る。
「ウォォォ────────!!」絶叫する男。
「自分のやったこと、思い出しましたか?」
「いてぇ、いてぇ、いてぇよ────────ぉ!! 姉ちゃんやめてくれ!!」
「自分の行為を思い出さない、反省もないというのなら、もっときついお仕置きをする必要があるようですね」私はそう言うと、トゥを男の口の位置に上げた。
「悪かった! 助けてくれ!」今までのふてぶてしい言い草はどこへやら、男は一転して情けない表情を浮かべる。
「じゃあ、警察に行きましょうか」私が言うと、男の態度は再び一転した。
「なんだと──!!」
「そうですか? さっきのセリフは嘘でしたか? それじゃあ……」
私が、右足のトゥを口の中に入れようとした、その瞬間……
「遅れてすいません殿下。近衛兵諸君、その男の身柄を確保せよ!」
キャサリンの凛とした声が、客室内に鳴り響いた。

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