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「先生はえらい」

僕は「先生」が嫌いだ。

 これまで小学校、中学校、高校と、「先生」と呼ばれる人たちに出会ってきた。が、どうも好きになれない。そもそも学校が嫌いだったことも関係しているのかもしれないが、とにかく「先生」が嫌いなまま高校も卒業してしまった。
 大学に入ると、教員はあまり「先生」という感じがしなかった。高校までのような「先生と生徒の関係」ではなく、「教員と学生の関係」になる。僕にとっては、これくらいでちょうどよかった。

 物理学、特に高エネルギー分野(素粒子・原子核・宇宙分野)では、教員を「先生」と呼ぶことを避ける文化がある。これは学生も教員も対等な立場で議論がしやすいように、という意図らしい。そのため「『先生』と呼ぶときは冗談か皮肉のどちらかだ」なんて話もあったりする。大学でこの文化を知ったとき、非常に感動したのを覚えている。

 そんな僕だが、一人だけ尊敬する先生がいる。中学校のときの恩師だ。僕は「先生」という言葉を冗談か皮肉のときに使うため、恩師を指す言葉としては師匠を使うことにしている。
 師匠は、今も昔も僕にとっては尊敬の対象なのだが、ほかの「先生」方や生徒からは煙たがられていたようだった。なんだか飄々としていて、ともすれば適当でいいかげんともいえる振る舞いが原因だったのかもしれない。とにかく、他の人から師匠のいい話を聞いた記憶がない。

 さて、大学に入学した僕は図書館に通い詰めていた。ある日ふと『先生はえらい』というタイトルの本が目にとまった。小・中・高と経てすっかり「先生アンチ」になっていた僕は、なんだこの本は、と渋い顔をしていたはずだ。著者を見ると内田樹だ。内田樹といえば、その文章が高校の教科書や大学入試の題材にもたびたび使われるような人で、国語の先生が、名前くらいは知っておくと良い、と言っていた記憶があった。
 好きの反対は嫌いではなく、無関心だという。僕はタイトルの嫌いなこの本を読んでみることにした。

 結論から言うと、この本は良い本だった。中高生に向けて書かれた本で、語り口調で書かれており、内容もわかりやすく説明も平易だ。短時間で一気に読めたし、最後にはオチまでついていて感心してしまった。やはり食わず嫌いは良くない。

 著者による、「人生の師」であるような先生の定義は

「あなたが『えらい』と思った人、それがあなたの先生である」

だ。そして

師弟関係も本質的には誤解に基づくもの

だと述べている。しかも夏目漱石の『こころ』や『三四郎』を例に挙げ

先生が先生として機能するための条件は、その人が若いときにある種の満たされなさを経験して、その結果「わけのわからないおじさん」になってしまった、ということである。

と夏目漱石の先生像を結論付けている。

 つまり著者によると「わけのわからないおじさん(あるいはおばさん)をあなたが『えらい』と勘違いしたのならば、その人があなたの人生の師、つまり先生である」ということになる。

 ここだけを見ても何のことかさっぱりだと思うが、あえてその説明はしないでおこうと思う。ぜひこの本を読んでほしいから、という理由と、あなたの解釈の余地をつぶしたくないという理由からだ。

 最後に、この本を読んでから数年たつが、いまでも覚えている箇所があるので、少し長いが引用しておこう。
 著者は「だれもが尊敬できる先生」は存在せず、知識や技術などの役に立つ技術をわかりやすく教えてくれる人が先生の必要条件ではないことを説明するための例として、自動車学校の教官と F-1 ドライバーを挙げている。その中の一節だ。

自動車学校の教官というのがいますね。この人たちのことを教習所に通う生徒たちは「先生」と呼びますけれど、この人たちははたして「先生」でしょうか?
 たしかに、彼らは自動車運転技術という大変有用な技術を教えてくれます。でも、この教官たちに敬意を抱いたり、「恩師」と呼んだり、卒業後にクラス会を開いて昔話にふけった(略)というような話は、あまり聞きませんね。卒業した瞬間に、みなさんは教官の名前も顔さえおそらく忘れてしまうのではないですか。
(略)
同じ自動車運転技術でも、(略)F-1 のドライバーの教えを受ける機会があったとします。そのことをちょっと想像してみてください。
 それがたとえ半日だけの講習であっても、そのドライバーに対しては、その後すっかり名前を忘れてしまうというようなことはないと思います。
(略は引用に際して筆者がおこなったもの)

 つまり、付き合いも短く技術もさほど教えられていない F-1 ドライバーは先生たり得るが、運転技術を習得させるに十分な指導を比較的長期間行った自動車学校の教官は先生たり得ない、ということだ。

 それはなぜなのか、みなさんも考えてみてほしい。そしてこの本を読んで考えてほしい。あなたに先生と呼べる人はいますか?

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