子供の頃、よくわかんないなーと思いながら眺めてたら、好きになってきて、なんとなくできてしまったラブな行為、それが勉強でした。作業終わりの長文で手が痺れたので、後で書き足した

私は、もともとなんとなくでしか勉強ができるようにならなかったことを思い出した。だから、私にとって、勉強とは、なんとなくわかるようになるのを待つ感じ。
で、なんとなく国語と算数はできて(筆算だけ、黒板で書かされてる時に、今自分が何をしてるのかわからなくなったのは覚えてる)中学受験時は無双してた。大手本校最上位クラスで、ルーズリーフを広める会とか作って布教してた。なんとなく面白かったり楽しい勉強しか受け付けなかった。
塾で階段を登ってた時、後ろから、算数と社会それぞれ両方を教えられる先生に「○○。今のやり方じゃ、社会は絶対にのびない」と言われ、逃げるように駆け上がったのを覚えている。私はこの先生が少し苦手だった。でも、暗記は本当に苦行だった。覚えられないし、なんとなくじゃわからないんだもん。
塾には適応していたが、勉強ができないが政治能力の高い小学校のクラスメイトたちには嫌われまくっていた。それがきっかけで、己の態度を自ら問うて以来、勉強という行為の善悪や是非に囚われ続けていたのは、私はどこかでわかっていたのだ。私が勉強ができるとき、たしかにそれはズルかもしれないと。
だって、苦しい勉強が私にはできないし身につかないのだもの。なんとなくの楽しさや面白さを続けているうちに、見えてくるものでしかない。算数と国語は考えたり思ったりするのが楽しくて、灘合格安全圏でも、深夜まで起こされたり、何枚もプリントをとかされても、暗記科目は本当にできない。(ちなみに大人になってから診てもらったものの、ADHDではないという)
興味がないと覚えられない。思えばその時、すでに勉強を楽しむ方法と苦行にする方法の二極を理解していたのだ。つまり、勉強ができるかどうかは、形はどうあれ(もちろん学力試験に特化した形はあるが)興味を持つことだと。そして楽しむことだと。そして、私は国語や算数に苦もなく興味を持てた。
だから、苦もなく興味を持てること、なんとなく引き寄せて、最初は朧げながらも、自分の中に体系を構築していく段階そのものを持てることが、勉強がわかる、できる状況の作り出し方を知っていること自体が、ズルだとわかっていたのだ。
私は、体育ができる人たちはずるいな、と思っていた。明らかに、私より最初からできるのだから。それに、どのようにうまくなるのかもわからない。どう体を動かすのか、頭の中を見せてくれよ、と思っていた。むしろ彼らの頭の中は、空間そのものと重なっていた。 私をいじめてきた中の一人は、中学受験のために、私立小から転校してきた大学教授の娘だったが、週に3回家庭教師がくるけど、全然わからないの、と可愛く言って、みんなと先生に愛されていた。あざとくてずる賢いと思っていた。今思えば、そこにしか自分を守る手立てはなかっただろうに。どうせ親も甘やかしてるから勉強できないんだろう、こちらには折檻があるのに、となめていた。そんなわけがない。わざわざ私立小に行かせてから中学受験のために公立小に行かせるような親が、過大な期待をかけていないわけがない。実際、叱らないにしても、期待はずれの空気はどうしても感じとらずにはいられないだろう。その子は公立中に進み、最寄駅まで私の制服を見にき、高卒デキ婚バツ2。
そういう奴らこそ、勉強できる奴らの頭の中が見たかったのだろう。何が起きてるかわからないから。見えないから。しかも私みたいに、苦しい勉強はできないタイプの人間が、ズルをしているようにしか見えないのもおかしくない。そう、勉強が楽しいゾーンに入りかけると、時計じかけのオレンジのアレックスみたいに気分が悪くなるのは、あの子の眼差しを思い出すから。ずっとあの眼差しに追われ続けていた。あの愛嬌のある人気者のいじめっ子に対して、あなたが勉強できないのは悪いことじゃないし、むしろ私が解釈視点に依存した取捨選択的で支配的な人格なのである、と自罰ループに陥るか、むしろ、勉強は読経のように信仰行為なのであるから、世界とつながる行為なのだから、善なのだから、許してくれ、どうして私はあんな目に遭わないといけないんだ、どうして悪いことしてないこっちが許さないといけないんだ、という泣き言のような祈りにわかれていた。
だって私にはわからない。勉強がわかるとき、なんでわかるのか。私は、勉強が全然分からない気持ちも、簡単にわかる気持ちも知っている。でもそれって系統立ててこれこれこうしたから、少しずつわかるようになるものではなくて、いつの間にかなんとなくわかるものなんだ。
色んな系統だった勉強法を試してみたが、全て無理だった。様式に囚われて、もっと分からなくなる。勉強が苦手になってしまうよ。私にとって、身になる勉強法とは、楽しくなんとなくわかるようになることでしかない。だからやっぱりちょっと、信仰っぽいし、超能力っぽいし、ズルかもしれない。
でも、分からないものは分からない。だから興味の持ち方を工夫する。それくらいだ、私が後天的に培えた勉強法とは。時には自分を無理やりドライブして、無理やり興味を持って何かを知っていくうちに、そこから繋がって、簡単に興味を持てることが増えていく。
勉強がなんとなくわかっていくとき、楽しい感情と明晰な思考はもはや区別できない。サディズム的支配だと思いきや、マゾヒズム的洗脳かもしれない。千葉雅也は、バラバラと言ったが。とにかく興味が無理しなくても自動的に湧き出る。興味ですらないかも。自他境界を無くすことが活きる瞬間でもある。
このなんとなくわかる方法が、私にとって、やっぱり一番要領のいい方法なのだ。20年、呪いと祈りに引っ張られ続けて、勉強に集中しかけて楽しくなって、自分が頭の中で他者を消す気配を感じると、自分が極悪人に思えて、時計じかけのアレックスの吐き気状態になり、小六のいじめを思い出す。
しかし、あのいじめっ子に言うが、勉強は、人間に依存していたらできないのだ。当たり前だが。特に私のように、勉強の成果や要領の良さ=興味や楽しさの好循環で、自分の中に構築していくうちになんとなくわかってそこからブースト型にとっては。そこはやっぱり神聖さがある。と言わせてほしい。
あんただって私より人心掌握とか運動とかできるし、あなたの頭の中に自ずと、他より早く浮かび上がったそのルートは、私には見るのが難しい。だからあんたはそこに神聖さを持てばいい。別に。
塾の社会の先生のいう、「そのやり方」以外では、20年間、とうとう勉強ができるようにならなかった。しかし、回り道をしまくったから、今の方が社会科目に興味を持てるよ。暗記するときに興味と紐づけられる沢山の体験が増えた。このなんとなくの興味のドライブこそが、私の要領である。今思い返せば、あの先生も、別に私のやり方を否定するつもりはなくて、単に、もっと社会にも興味をもて、と言いたかっただけかもしれない。分からないけど。そこまで思うのはお人好しなのかもしれないし、そう思えないのは猜疑心が強いからなのかも分からない。人の頭の中は見えないから。
だから私は、たまに世界と繋がることで、孤独を埋めようとする、勉強という孤独な作業のうちに。
時代も土地も超えた継承と体系は、この空の下、全ての孤独をハーモニーにすることができるのだ。海の向こうを眺めるように。


(Web試験後、勉強行為が不安だった時期に出会った英語のなんとなくの理解の仕方がわかった日に)


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