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小説「15歳の傷痕」62~変わらぬ優しさ

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「もう閉園30分前だって!早いね~」

と、俺が場内放送を受けて言った。

俺と山中、太田さん、神戸さんの4人は、宮島ナタリーのナイトプールに遊びに来ていた。
夜10時閉園なので、ナイトプールは9時半までの利用となっていて、もうプールから上がるように場内放送が流れたのだった。

「本当に…。ね、この夏にもう一回、この4人でプールに行かない?」

と言ったのは、太田さんだった。

「うん、いいね!楽しかったし」

と神戸さんも返した。俺は前向きな回答をした神戸さんに驚きつつ、内心、

(大村には黙って…なのかな?)

と心配したが、それは後から電車の中で聞こう。

「じゃあ男子2人、アタシ達の水着姿も今日はここで見納めだからね?また次回をお楽しみに~」

と太田さんは言い、手を振りながら女子更衣室へと消えていった。

「ふぅ、今日はありがとうね、山中」

「いやいや、俺らも楽しんだけぇ、逆に上井のお陰だよ」

そう会話をしながら、俺と山中も男子更衣室へ入り、着替え始めた。

「途中から4人で遊んだじゃん」

山中が着替えながら声を掛けてきた。

「ああ、1時間経過後だよね」

「傍から見ててさ、俺の個人的意見じゃけど、神戸さんがメッチャ楽しそうだったように見えたんよね。なんて言うんじゃろ、大村といる時より、上井といる時の方が楽しそうというか…」

「うーん、そうだった?」

俺はそう言われ、嬉しいのは嬉しかったが、嫉妬深い大村にバレたら怖いという思いと、やっぱりいつまで経っても初めての彼女というのは特別な存在だな、という思いが交錯した。

「ああ。実は去年一回、俺と大村、太田と神戸さんっていうダブルデートをしたことがあるんよ」

「へぇ。経緯は聞かんけど、ダブルなんて珍しいね、大村にしては」

と、俺も着替えながら返答した。

「じゃろ?まあ時期は年末じゃったんじゃけど、俺の直感で、なんか神戸さんは楽しくなさそうに見えたんよね」

「ほう…」

俺は今日、プールに着く前に神戸さんと交わした会話を思い出していた。

(アタシの水瓶座は束縛を嫌う星座なんだよ)

あの言葉は、もしかしたら鉄壁に見えた大村&神戸の2人に溝が出来つつあるサインなのだろうか。

「あの2人、付き合ってて楽しいんかな…と思ってさ。今日、お前と仲直りした後の神戸さんのハシャギっぷりって、予想以上だったし」

確かに4人で滑り台競争したり、流れるプールにどれだけ流されずに耐えられるかとか、下らないゲームをしたり、屋台のかき氷や焼きそばを食べる時とかは、神戸さんは何かから解放されたようなテンションの高さだった。

プールで遊んでいる時も、慣れないビキニをその都度微調整する仕草が可愛かった。

「じゃけぇ、神戸さんって本音は大村よりお前のことが好きなんじゃないか?って思ったほどだよ」

「ま、まさか~」

「でもさ、上井が中3の時、神戸さんから受けた傷って、今日で随分癒されたんじゃないか?」

「確かに、それはあるね」

実際には、中学時代の恩師、竹吉先生宅で泊まった時に和解した時点で、傷痕はかなり治っていたのだが、今日、プールでお互いに水着姿で思い切り遊んだことで、かなり俺の中の気持ちがスッキリ出来た。

「今日はありがとう、山中」

「なんのなんの…俺と太田も元に戻れたから…」


「あーもう、ワンピースの水着って、着るのもだけど、脱ぐのがもっと面倒くさい!次にみんなでプールに行く時は、チカちゃんみたいにビキニにしようかな?」

太田美紀は女子更衣室で水着を脱ぐのに必死になっていた。

「大丈夫?」

神戸千賀子も心配になって様子を窺ったが、本当に苦しそうだった。

「もしかして太田ちゃん、サイズがもう小さいんじゃない?最初はピッタリって思ったけど、水を吸って小さくなってるような…。あの、アタシが言うのもなんだけど、かなり食い込み気味になってたし…」

「そうなの。この水着、デザインが好きでね、中学2年の時から着てるんだけど、もう限界だよね」

やっと全部脱いだワンピースの水着を、自分の体に当ててみて、やっぱりもう小さいな~と、太田美紀は呟いた。

逆に初めてビキニを着た神戸千賀子は、ワンピース水着に比べて着替えが手早く出来ることに気が付き、ちょっと下着みたいで恥ずかしいけど、利便性が良いな、と思っていた。

(おトイレも楽だしね♪)

結果的に神戸千賀子の方がかなり早く着替え終わった。太田美紀はまだ下着姿だった。

「チカちゃん、着替えも早いね。よし、やっぱり次はビキニに変えようっと」

「うん、ちょっと恥ずかしいけど、着替えも楽だし、ビキニって、いいね」

「そうそう、ミエハルはエッチなこと、しなかった?大丈夫だった?」

「アハハッ、エッチなことは何も無かったよ。でも、太田ちゃんと山中くんのお陰で、上井くんとあんなに遊んで喋れて…。ありがとうね」

「それなら良かった。アタシね、ミエハルに、山中くんと最近上手くいかない…って相談をしてたんだ」

「え?」

神戸千賀子には、初めて聞く話だった。関係が悪くなってたの?

「実際はミエハルが動いてくれる前に、山中くんと部活後に喋る機会があって、それで解決したんじゃけど…。でももしかしたら山中くんがアタシに部活後に話しに来たのは、ミエハルが何か一言言ってくれたからかもしれないし…詳しくは分かんないけどね」

「ふーん、そんなことがあったのね…」

太田美紀もやっと着替え終わり、2人してドライヤーで髪の毛を乾かしてから、靴の履き替え所で続きを話し出した。

「ミエハルが山中くんに対して何か動いてくれてたとしたら、アタシもミエハルから悩みとかを聞いてたから、そのお返しにミエハルは動いてくれたのかもしれないね」

「そうだったの?上井くんが太田ちゃんに悩みを?」

今の今まで、神戸千賀子は上井には悩みなんてないと思っていた。しいて言えば、アタシと大村君のことくらいでしょ、と思っていたが…。

「うん。まあアタシもミエハルの悩みを聞き始めたのは、文化祭の後からなんだけどね。それまでは広田のフミが、ミエハルの悩みの相談相手だったんだよ。フミは文化祭で引退するけぇ、これからはミエハルの相談相手になってあげてって、頼まれたんよ」

「ええっ?」

「ビックリした?チカちゃんには初耳かもしれないよね」

確かに初耳だった。高校生だし悩み事とかはあってもおかしくないけど、上井くんは村山くんか、他の男子に打ち明けていたんじゃないの?

「去年1年間、ミエハルは部長してたじゃない?その間に、アタシ達が知ってるようなことも、知らないようなことも合わせて、部活の問題を一杯抱えて、実は物凄く苦しんでた…んだって。これは広田のフミから引き継いだ話なんじゃけどね」

「そうだったの?でも部活のミーティングとか、いつも明るくて楽しい雰囲気で喋ってたよね?」

「それはアタシ達が知ってる、表の面のミエハルだよね。問題が起きても、みんなには知らせないか、明るく振る舞う。そして1人になった時、全部背負って物凄く悩んで、必死に自分だけで解決しようとする、裏のミエハルがいるんよ」

「そういえば文化祭…。吹奏楽部のステージの司会原稿も、前日の夜遅くまで高校に残って書き続けてたらしいし…」

「でしょ?裏のミエハルだよね。もう3年生なんだから、新村君とかに任せればいいのに、ちゃんと部長の仕事の引継ぎしてなかったから…って、ミエハルが責任感じて原稿書いたらしいよ」

「去年、大村くんとアタシで副部長したけど、殆ど何もしてないもんね…。たまに上井くんが休んだ時のミーティングの進行でしょ、他には……他には何も思い付かないし…」

神戸千賀子は、急に上井のことが愛しくなってきた。中学で部長をした時も苦しんでたのに、高校でも苦しんでたの?1人で全部背負って…。
この湧いてくる気持ちは、恋愛感情からというよりも、昔からの友情としての思いが強かった。

「去年の一番の騒動って、コンクール前に打楽器の1年生が一斉に退部して、宮田さんしか残らなくて、ミエハルが部長の責任でって打楽器に移ったことじゃない?」

「そ、そうね…」

「あの時もミエハルはアタシ達の前ではさ、打楽器は叩けば音が出るんだから肺活量はいらないし楽だよ~なんて言ってたけど、実際は凄い苦しんだと思うの」

「まあ、そうだよね…」

「広田のフミも、中学の時に打楽器だったからって、去年の夏にホルンから打楽器へ移ったけど、一緒に練習していく内に、ミエハルって実は物凄くナイーブで、悩みを1人で背負いすぎてるって気付いたんだって」

「フミちゃん、すごい観察眼だね…」

「それをいつかミエハルに、1人で抱え込まないでって言おうとしてたらしいんだけど、なかなか言えなくって、やっと言えたのはアンコンの帰りだったんだって」

「アンコンの帰り…。あっ、副部長として、大村くんと一緒に、電車で帰るメンバーを引率してって言われたのを思い出したよ。もう一つ仕事してた、アタシ」

「あの時、ミエハルは部長だから高校へ楽器を運ぶ役割があったんだけど、他の高校へ行くメンバーに、何故か誰かの代わりに、広田のフミを指名したの。フミも家が高校のすぐ近くだからラッキーと思って引き受けたらしいんだけどね」

「うんうん…」

「楽器を高校に運び終わった後、解散になって、ミエハルは部長じゃけぇ最後まで留まってたらしいんよ。で、最後にフミと2人になって、ミエハルはお疲れ様ってフミを帰そうとしたらしいんじゃけど、フミがミエハルに、今しかないと思ったのかな、1人で悩まないでって声をかけたんだって」

「そうなのね…」

ここで場内放送が流れ、あと10分で閉園となります、お早目にご退場ください、またのお越しをお待ちしています…と繰り返していた。BGMは蛍の光だ。

「そろそろ出なきゃ、かな?今、話したことはここだけの秘密にしといてね、チカちゃん」

「う、うん…」

上井くん…。そんなに部活のこととかで悩んでたの?気付いて上げられなくてごめんね…。力になって上げられなくてごめんね…。


広電の田尻駅で、2vs2に別れた。
山中&太田と、俺&神戸で、真逆の方に帰るからだ。

電車は俺たちの乗る宮島口行の方が、早く来た。

「じゃあまた。次の回は部活の時にでも決めようや」

と山中が最後に反対ホームから声を掛けてくれた。

「おぉ、そうしよう。じゃあね」

と俺が返事をした。

「バイバーイ」

とみんなの声が交錯する。

俺と神戸さんを乗せた宮島口行きは、流石にガラガラ状態だった。
反対の、山中達が乗る広島市内方面行のホームは、明らかにナタリーのナイタープール帰りの客で賑わっていたが。

「…今日、どうだった?神戸さん」

「うん、楽しかった!やっぱり、行くことにしてよかったよ」

さっき太田ちゃんと話したことは、秘密、秘密…。

「ん?ということは、ちょっと迷ったの?」

「うん…。お母さんが反対するかなって思って」

「そうかぁ。部活もお母さんにストップ掛けられたんだっけ?」

「そう。今日のプールはOKくれたけど…。やっぱりコンクールも本当は…出たかったなぁ」

「だろうね。神戸さんの性格なら、本当は出たいはずだって思うよ」

「さすが上井くん、見抜いてるね、アタシの性格」

「だって、今回が最後じゃん、コンクールに出れるのって。まあ大学とか、一般楽団って方法もあるけど、それよりも高校の部で、なんとか結果を出したいんだよね。俺が入った中2の時に、序曲祝典で一度金賞取っただけじゃ、寂しいから」

そこまで話したら、わずか一駅なので広電の宮島口に着いてしまった。

「段差に気を付けて降りてね…」

俺は自然と神戸さんの手を握っていた。神戸さんもなんの違和感もなく、俺の差し出した手を握ってくれた。

「広電って、降りる時が怖いよね。ありがとう、上井くん」

「いやいや」

「…やっぱり優しいね…」

「…ん?なんか言った?」

「ううん、楽しかったね!って言ったの」

「うん、楽しかったよね」

神戸千賀子は、上井が本当に聞こえてないのか、聞こえてないフリをしているのか分からなかったが、中3の時に付き合っていた時にも繋いだことのなかった上井の手が、とても温かく優しく感じた。

「じゃあ、JR宮島口へ向かうよ~」

上井は繋いでいた手を離そうとしたが、神戸千賀子はギュッと上井の手を握り締めた。

「えっ?神戸さん…」

「暗いし怖いから…もう少し手、繋いでていい?」

確かに夜10時を回った後の宮島口は、昼間と違って人通りも殆どなく、土産物屋も閉まっているので、かなり暗い。

「…うん、いいよ。大村に見付からないことを祈って」

「だから彼は予備校の合宿だってば!」

手と手を繋いだ2人の笑い声が、夜の宮島口駅前に響いて、消えていった。

(このまま時間が止まれば良いのに…)

どちらともなく、そう感じた夜だった。

<次回へ続く>


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ミエハル
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