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小説「15歳の傷痕」-22

- ガラスの十代 -

吹奏楽部には、2月15日の月曜日の放課後から復帰した。

俺が音楽室に入ると、同期や後輩から「ミエハル先輩、無事でよかった」「大丈夫か?ミエハル」という声を沢山もらえて、めっちゃ嬉しかった。

俺は
「音楽祭に穴をあけて皆さんに迷惑掛けました!今日から定演に向けて頑張るので…見捨てないでね」
と挨拶した。

音楽室内が笑いに包まれたので、まずは良かったのだが、打楽器の現状としては、結局村山がそのままトランペットから打楽器へ、定演までレンタル移籍することに決まったようだ。

広田さんは俺と村山の確執を知っているため、かなり難色を示したらしいが、人手不足には代えられず、OBもどれだけ出てくれるか未知数なため、担当楽器の調整でなるべく俺と村山が無関係になるように配慮してくれたとのことだ。

「だから、基本的にミエハルはドラムメインで、時々ティンパニー。村山君はバスドラムとか小物メイン。練習で楽器が被らないようにしたよ」

「ありがとう、広田さん。アイツ、何か言ってた?音楽祭の時とか」

「うーん…。ミーティングの後でもいい?」

「あ、いいよ。と言うことは、何か言ってたんだね」

「ま、まあね」

広田さんは苦笑いしていた。あまり俺と村山の確執で、広田さん、更には宮田さんまで困らせる訳にはいかない。そのまま定演でやる曲の譜面をもらい、早速ティンパニーとドラムをセットした。

楽器の準備をしながら、今度は大村&神戸の副部長カップルから、俺が休んでいた間のことを聞き、現状把握に努めた。

「じゃあ定演の準備も、いつの間にかそんなに進んでたんだね!」

「ああ。上井がいない分、みんなが頑張らなきゃって感じで、パンフレットの広告なんかも一気に集めてきたよ。あとはパンフレットに、部長の一言と、校長先生の一言を頼むのと、各パート紹介の写真を撮ること、かな」

「凄い凄い、ありがとう、大村」

「いやいや、パンフ作製をリードしたのは、メインは山中と大田じゃけぇ。そこにときどき伊東も参加してたかな?」

「助かるよ、ホンマ。逆に俺がすることって、何が残ってる?」

「上井君は、二度と体調を崩さないことと、部員の団結力を維持していくこと!あ、原稿書きもね」

神戸千賀子が言ってくれた。少しずつ、本当にほんの少しずつだが、15歳の時に受けた傷は治りつつあるのかもしれない。ただまだ、部活の業務的な話しか出来ていない。プライベートの会話が出来るようになれば、完治したと言えるのだろう。

その神戸さんの話の中で、部員の団結力の部分で、ちょっと俺は心が痛んだ。村山と若本のことは決して許せないし、伊野さんはいまだに話してくれないし。

でも定演だって3月27日と決まっているし、その間に期末テストもある。時間はあるようで、ないのだ。何から何まで主催者なのだから、俺は責任者としての立場もあるし、今度こそは演奏もしっかりやって、部員のみんなが気付かないような点に気を配って、定演を成功させなくては…。

その日は譜面を解読することで精一杯で、実際にティンパニーやドラムを叩いたのは、ほんの僅かな時間だけだった。

村山も遅れて練習にやって来て、俺に何か言いたそうな顔をしていたが、俺はあえて無視してしまった。ミーティング後に広田さんからの話を聞いた上で、今後の村山との付き合い方を考えようと思ったからだ。

「では、久しぶりの俺のミーティング、終わりまーす」

と、復帰初日のミーティングを終えた俺は、とりあえずホッとして、まずは近くの席に座った。

「お疲れさーん」

大村が声を掛けてくれた。

「今日は疲れたじゃろ?」

「まあ、復帰初日だしね。でも定演は絶対に成功させなくちゃね」

「まあ無理せずに、少しずつ慣らしていってよ。俺らももっと頼ってもらっていいし」

「ありがとうね」

そして大半の部員が帰宅した後、ヒョコッと広田さんが、戻ってくるような感じで顔を出してくれた。

「ミエハル、さっきの約束で戻ってきたよ」

「ごめんね、ありがとう。大田は大丈夫?」

「うん。アタシ達は誰かと違って、嫉妬したりしないから」

と言って広田さんは俺の隣に座った。

「ハハッ、それは痛烈な皮肉じゃね」

大村は今でこそ俺とフランクに喋れるようになったが、神戸千賀子が俺を含めた他の男子と喋っていたりしたら、物凄く嫉妬した視線を送ってくるのだ。

それが今では吹奏楽部内だけではなく、高校内にもその噂が広まっているほどだった。

「それでね、ミエハルが入院した日に、打楽器をどうしようかという話になって、村山君が俺が代わりやります!って立候補してくれたんよ。で、ミエハルの代わりにドラムとシンバルとティンパニーをやったんじゃけど、流石にボロボロでね。まあ前日だから仕方ないけど」

「うん、村山も未経験だしね。でもなんで村山が立候補したんじゃろうか…。村山は何か言ってた?」

「それよね、ミエハルの知りたいのは…」

広田さんは一息置いてから喋り始めた。

「まず、アタシも村山君には、ミエハルの話を聞いてたからかもしれないけど、ちょっとイラッとしてたの。だからね、最近彼女が出来たんじゃない?だから立候補して、かっこいいところ見せたかったんじゃない?って、音楽祭当日に聞いたんよ」

「ほー、流石女子ならではの切り口じゃね」

「そしたらね、いや、彼女なんておらんって言うの!」

「はぁ?」

「だからアタシは、ミエハルをアタシの友達という形にさせてもらって、アタシの友達が、村山君が吹奏楽部の1年の女子と手を繋いで帰ってるのを見たって言っとったよって、カマをかけてみたの」

「うんうん…」

「そしたら村山君、動揺し始めてね。何か隠しとるじゃろーって突っ込んだら、白状したよ」

「白状した?」

「うん。ミエハル、驚かないでね…。村山君はまず若本さんと付き合っとることを白状したの。それはいつから?ってさらに聞いたら、村山君と若本さんは、去年の体育祭前から付き合っとるんだって!」

「なっ、なにそれ…体育祭の前から?」

俺は全身の力が抜けていくのを感じた。体育祭前からだと?

じゃあ俺が体育祭の後で全力で若本に告白したのは、全く無意味だったってことか?!

だから若本に告白してフラれたって話をしても、村山は次の子を探せばとか、感想があっさりしてたのか。

船木さんの話を持ち出した時も、迷惑そうに今さら何を聞くんだって顔をしたのも、それが理由か…。

よくぞ体育祭から半年近く、俺に黙ってたな。

若本も若本だ、俺はお兄ちゃん的な感じで恋愛感情はないと、よくぞすかさず演技が出来たもんだ。

「ミエハル、大丈夫?驚いたでしょ?ちょっとアタシの周辺も探ってみたけど、誰も気付いてなかったよ。よく隠し通せたよね…」

「…うーん、でもそう言えば?ってことは何回かあったよ」

「えっ、そうなの?親友ならではの勘?」

「そうだね…。まず、朝練に行く時、よく同じ列車になってたんだけど、去年の秋ぐらいから全く一緒の列車になったことがないんよね。で、俺が音楽室に着いたら、もう村山と若本は先に来てて、楽器を吹きよったよ。その時は熱心になったんだなぐらいしか思わんかったけど、今考えれば列車を早いのにして、一緒に登校しとったんだろうね」

「…そっかぁ。でも、他にも思い当たる節があるの?」

「帰りだよね。よくフルートの桧山さんも入れて4人で帰ることが多かったんじゃけど、若本にフラれた後はそれも無くなって。更に村山はいっつもミーティングの後、お先にって、とっとと音楽室を出ていくようになってた。なのに、俺が片付けとか鍵締めとか済ませてから帰っても、宮島口の駅に、俺より後に現れたり…」

「ますます怪しいよね、そうなると」

「で、若本は露骨に俺のことを避けとるし。村山もそんなんだから、話もあんまりせんようになって。何より、何か悩みがあるとさ、ワザとアピールするかのように廊下で1人で悩んでるようなことしてた村山が、全然そんなことしなくなったじゃん」

「あー、よくやってたよね!アタシも、村山君の悩んでるアピール、嫌だったな~。だから部長選挙はミエハルに入れたよ。って今更じゃけど」

「あっ、思わず部長選挙になったよね。清き1票ありがとう」

「いえいえ。でもそれでミエハルが部長になって苦しみ続けてるのを見ると、ホンマに可哀想に思う。でも去年からの吹奏楽部のいくつかのピンチは、ミエハルが部長だったから乗り越えられたとも思うし…。これが大村君や村山君が部長だったら、どうなってたかな。だから入院したのも、体調の悪化もあったかもしれんけど、精神的にもズタズタになっとったんじゃない?」

しばらく俺は考え込んだ。

「…そうだね。本当に大変な目にばっかり遭ってきたような気がするよ。でもそれでも、ミエハル先輩!って親しく話しかけてくれる後輩や、広田さんみたいに親身になってくれる同期がおるけぇ、自分は幸せもんだよ」

今度は広田さんがしばらく考え込んでから、喋った。

「…ミエハルは優しいね」

「えっ?そんなことないよ、だって今は村山と若本に対して怒りが爆発しとるもん」

「それは、同じようなことされたら誰でも怒るってば。アタシが言いたいのは、去年の須藤部長と比較して、の話。須藤先輩って悪いけど、人気なかったじゃない?」

「う、うん、確かに…」

「だからいつも孤立してたけど、ミエハルはそんなことないじゃん。退院して復帰したら、後輩たちがあんなに喜んで、ミエハル先輩お帰り~って。アタシ達同期も、声には出しとらんけど、復帰できて良かったって、さっきも話してたんよ。みんなに慕われてるってことは、優しいことの証明だよ」

「ありがとう。照れるなぁ、なんか」

「ううん、ホンマのことじゃけぇ。もしこれが須藤先輩だったら、アタシ達が須藤先輩お帰り~なんて、出迎えないと思うよ」

「ははっ」

須藤先輩、今頃受験勉強しながらクシャミしてるんじゃないか?

「それと去年アンコンの後にさ、駐車場の明かりの下でミエハルと話したじゃない?あの時もアタシのスカートが濡れないようにって、サッとハンカチ出してくれたじゃん」

「あ、地面が濡れてたからね」

「ミエハルのズボンだって濡れちゃうのに、そんな気遣いが出来るんだもん。優しくてかっこいいよ、ミエハルは」

「いやいや、褒め過ぎだってば。男のズボンが濡れてても、別に誰も気にしないし。広田さんは家がすぐそこじゃけぇ、汚れちゃいかんじゃろ」

「ホント、アタシがフリーだったらミエハルの彼女になってあげるのになぁ」

「ホンマ、ありがとうね。広田さんにそう言ってもらえるだけで救われるよ。でもね、自分の場合中3の時から酷い失恋ばっかり立て続けに喰らってるから、俺、もう女の子を好きになろうとか、彼女を作ろうとか、思わないようにしたんよ」

「えっ?なんで?」

広田さんが驚いた顔で俺を見た。

「理由は今言った通り。酷い失恋ばっかりしてるから、誰も好きにならないようにしようって決めたんだ。それにモテないし、モテない男が夢を見てもダメなもんはダメなんだ」

「そんな…。もしかしたらミエハルのことが好きって女の子、いるかもしれないよ?」

「村山も若本も大村も、同じことを言いよったよ」

と俺は苦笑いした。

「誰かを好きになって告白しても、いつもフラれてばかり。俺にはもっと別の女の子がいいとか、俺のことを好きな女の子がいるかもしれないとか。でもそんな女の子はいないよ。もしいたら、バレンタインのチョコくらいくれるじゃろうけど、バレンタインを過ぎた今日に至るまで、広田さんと宮田さんが合同で買ってくれた義理1個と、母親からの1個だけだしさ」

「…ミエハル、心が年末に話した時より、更に荒れてない?」

「いやいや、年末は冬の日本海だったけど、今は春の瀬戸内海だよ。もう諦めの境地に達したから。あ、村山達に対しては桜島の活火山だよ」

「そんな…。高校生活はあと1年あるんよ。誰も好きにならないとか、告白しないとか、寂しいよ?」

「寂しいだろうね…。でももう、決めたから。心配してくれてありがとう、広田さん。ごめんね、遅くまで…ありがとう。そろそろ帰ろうか」

「う、うん…。なんかアタシまで寂しくなっちゃった。ミエハルに彼女ができますようにって、祈ってるからね」

「広田さんは大田と、末永く付き合ってね!じゃ、鍵掛けるから…」

「うん。ミエハル、応援しとるからね。アタシも村山君と話さないようにしようか?」

「あははっ、そこまでは必要ないよ。村山の敵は俺1人で十分じゃけぇ、気持ちだけでいいよ」

「じゃあ、また明日ね。部活で元気な顔、見せてよね、ミエハル」

「もちろん!気を付けて帰ってね」

俺は広田さんが音楽室から出るのを見届けて、鍵を掛け、職員室へと返し、家路に着いた。

(さて明日からも村山と話さないようにしなきゃ。広田さんが音楽祭の日に色々と聞き出してくれた以上、俺に何か言い訳しようとしてくるに違いない。そんな言い訳、聞きたくないんだ、俺は)

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