小説「15歳の傷痕」―30
― じれったい ―
1
三原市で開催された全国総合文化祭広島県予選は、全国大会への推薦は勿論、優秀校にも選ばれず、納得した演奏が出来た俺としては不満の残る結果となった。
新村部長も同じだったようで、俺に
「せめて優秀校位はもらえると思ったんですけど、厳しいですね」
と、話し掛けてきた。
「なんだろなぁ、何が悪いんだろう。大して上手いと思わなかったM高校が選ばれてるのは、顧問の裏の人脈かのぉ」
「せ、先輩、陰謀論ですか…」
「だってM高校、リードミスはするは、ピッチが合ってないは、酷くなかったか?あれなら俺らの方が優秀だよ」
納得いかない俺は、陰謀論でも語らなきゃ気がすまなかった。
「まあ先輩、夏のコンクールでは、絶対ゴールド金賞取りましょうよ!」
「だね。もう俺には文化祭とコンクールしかないから…」
と、結果発表後はちょっと沈んでいた俺達だったが、高校まで帰るバスでは、男子軍団でバスの後ろを占拠し、10人でトランプのババ抜きをやって盛り上がっていた。永遠に終わらないんじゃないかと思うほど笑い続けて楽しくて、本当にこのまま時が止まってほしいと思った。
とは言え、3時間ほど掛かって高校に到着し、先に到着していたトラックから楽器を下ろして音楽室に運ぶと、また一つ演奏行事が終わったな…と感慨に浸ってしまった。
「じゃあ明日の部活はお休みです。ゆっくり休んで、また来週から文化祭の練習に入りますので、よろしくお願いします。夜も遅いので、女子は気を付けて帰って下さい。カイサーン!」
新村がそう言って、今日は解散となった。
三原市と廿日市市の往復は、やはり疲れるようで、殆どの部員があっという間に帰って行った。
俺は新村としばらく部員の様子を眺めていたが、新村ももう大丈夫ですね、というので、労をねぎらいつつ、そのまま帰ろうかと思った。
が、生徒会室の電気が点いていたので、最近顔を出せてないのもあり、帰る前にちょっとだけ寄ってみようと思った。
2
「お疲れ様〜」
と生徒会室に入ると、中には山中と森川さんの2人がいた。俺はそのシチュエーションにちょっと驚いた。
「おお、上井。総文から帰ったところ?」
「そうそう。帰ろうかと思ったんじゃけど、生徒会室の電気が点いてたから、ちょっと寄ってみようと思ってね」
と山中と会話していたら、横にいる森川さんが、もう顔を赤くしているのが分かった。
敢えてその事には触れず、俺から森川さんに声を掛けてみた。
「森川さんは、女子1人で残ってたの?」
「はっ、はい!アタシ、文化祭のタイムテーブル作成しなきゃいけないのに、なかなか各クラスや部活から情報が来なくて、困ってましてですね、山中先輩にお願いして、一緒に職員室巡りしていたのです」
「凄いね、責任感がないと出来ないよ」
「そ、そんなこと、無いですぅ」
山中が何故か、いいぞ!とばかりにウインクしてきた。そして
「俺、ちょっと職員室にもう1回行ってくるけぇ、森川さんは今のところ出来てるタイムテーブルを上井に見せて、上井の仕事が上手く回せるか確認してもらって」
と言って、俺の肩をポンと叩きながら生徒会室を出て行った。
生徒会室は俺と森川さんの二人きりになった。
俺は生徒会役員を受けるに当たり、無役職じゃ都合が悪いからと、風紀委員長に祭り上げられていた。これまでは特に何もその肩書で困った事は無かったが、文化祭となると他校の生徒もやって来て、治安が乱れやすい。そうならないよう、各クラスから選出されている風紀委員の、パトロールのタイムテーブルを作らねばならなかった。
だから森川さんが担当だというタイムテーブルも、完成したものでないと、失礼ながらあまり役には立たないのだ。
つまり山中は、俺と森川さんを生徒会室で二人だけにすることの方が目的で、職員室へ行くと言って出て行ったのである。
チラッと森川さんを見ると、さっきより顔が赤く、照れて緊張しているのが分かる。
俺は思い切って話しかけてみた。
「森川さん、どうして生徒会役員に立候補したの?」
既に若本から聞いているのに、自分でも意地悪かなと思いながら、こういう場面での会話の取っ掛かりにはいいネタだろうと思ったのだ。
「あの、あのですね、ミエハル先輩は、何で風紀委員長になられたんですか?」
逆に、照れた森川さんが、俺に聞いてきた。
俺から話を始めた方が、会話がスムーズかもしれない。
「山中が吹奏楽部で一緒じゃん?山中は去年から生徒会役員だったんだけど、2年目に入る時に、もう少し2年生…というか3年生を増やしてほしいって頼まれたらしいんだ。そこで吹奏楽部で一緒だった俺に声が掛かった訳。一番楽な風紀委員長にしといたとか言われたけど、こんなデカイ学校行事だと、パトロールの輪番スケジュール作らなきゃいけないから、思ったより大変でね。でも頑張るよ!これが、俺が生徒会に入ったキッカケ。森川さんは?誰かに誘われたとか?先生に言われて仕方なくとか?」
ちょっと森川さんが喋りやすいように、キッカケを持ち出してみた。
すると森川さんは顔を赤くして、こう言った。
「…じ、実は、実はですね、憧れの方が生徒会役員にいらっしゃるんです」
「憧れの人がいるんだね。男子かな?」
「そ、それは、勿論です。アタシは一応女子ですから」
「ごめんね、茶化しちゃったかな、ごめんね」
「い、いえ、大丈夫です」
「その憧れの人とは、もう告白とかして、上手くいった?」
俺は自分でもちょっと嫌な奴だと思いながら、万一を考えて慎重に聞いた。
「こっ、告白だなんて!恐れ多いです」
「えっ、なんで?憧れの人がもし3年生なら、生徒会の行事で一緒になるのって、この文化祭と、クラスマッチと、体育祭しかないよ。早く告白しちゃえばいいのに」
俺は、本当に若本や山中が言う通り、森川さんの好きな憧れの人っていうのが俺なら、良くも悪くも早くモヤモヤした気持ちを解消したかった。
万一、他の男子のことを憧れていても、俺はもう二度と女子に告白なんかしないと決めたから、傷はちょっとだけで済む。
「せっ、先輩もそう思いますか?」
ん?ひょっとしたら本当に俺の思い上がりなのか?
「う、うん。3年生は2学期に入ると、もう進路で頭が一杯になっちゃうからさ、まだ余裕がある今の内…というか、早い方がいいよ」
「そうなんですね。さっき山中先輩からも、同じ事を言われたんです」
「山中も同じ事を言ってたの?じゃあさ、手伝って上げるから、せめて森川さんの憧れの人の名前を教えてよ。力になって上げるよ」
「きゃっ、そ、それは、恥ずかしいですっ!」
森川さんは今夜一番の真っ赤な顔になり、照れてしまった。
「そう?その人の名前は、山中には言える?」
「山中先輩ですか?じ、実はっ、実はですね、山中先輩には、アタシが生徒会に入った時にバレてしまってましてですね、あの…」
「もう山中は知ってるんだね?じゃあ、俺にも教えてよ」
「ミエハル先輩には…、そ、そうですね…、あの、その…」
激しく照れている森川さんを見て、俺は中学3年の夏休み前を思い出していた。
あの時、俺は神戸千賀子に、ミエハル君の好きな子は誰?と、恐らくは神戸千賀子自身も俺と両思いに違いないと思いながら、俺に詰問してきたんだった。
俺が今やってることは、自分が中3の時にやられた事じゃないか?
そう考えると、これ以上森川さんを問い詰めるのが、可哀想になってきた。
大体、俺は森川さんの何を知ってるんだ?
数回生徒会室で会っただけで、直に話すのは2回目じゃないか。
森川さん、ごめんね…。
「ごめん、森川さん。そんな事を急に聞いて答えろなんて、仕事で残ってる森川さんに悪かったね」
「えっ?」
「その内、さり気なく森川さんに聞けるよう、タイミングとか勉強するよ。文化祭、頑張ろうね。吹奏楽部のステージも、俺、何曲かドラム叩くから、見ててね」
「み、ミエハル先輩…」
「森川さんもあまり遅くなったら、制服も夏服になった事だし、色々危ないから、早目に帰りな、ね。じゃあね」
「ミエハル先輩…」
俺は荷物を持って、生徒会室から出た。
そこに、そのやり取りを聞いていたのか、山中がいた。
「山中…」
3
「ここだと森川さんに聞こえちゃうから、下駄箱で」
下駄箱まで、俺と山中は無言で向かった。
下駄箱に着くと、
「上井、絶好のチャンスをなんで自分から棒に振るんだ?森川さんがお前の事を好きなのは、俺も知ってるし、若本からも聞いただろ?せっかく2人きりにしたのに…」
「…ちょっと怖かったのかもしれない」
「怖い?」
「俺、山中もご存知の通りで、中3の3学期の入試直前に、神戸さんにフラレたんよ」
「ああ、聞いたよ。その後、神戸さんは次々彼氏が出来るのに、上井はフラレてばかりだ、って」
「そうなんだ。そのフラレ方がトラウマになってて…。若本とは仲直りはしたけど、若本にフラレたトラウマってのは残ってる。伊野さんには原因も分からないままフラレた。これがトラウマになってる。今も目さえ合わせてくれないし。神戸さんとは、業務的な会話は出来るようになったけど、そうなるまで1年掛かってる。今も、プライベートな事は全然話せないというか、話さない」
「つまり、恋愛が怖いのか?」
山中がズバリと聞いてくる。
「ハッキリ言えばそうかもしれない、いや、そうなんだ。女性不信、恋愛恐怖症になってるのかもしれない」
「でも、女子と喋れない訳じゃないだろう?」
「普通に話すのはね。だけど、恋愛の要素が絡むと、トラウマが蘇ってしまって、どうせ失恋するだけだ、どうせ自分なんか…ってマイナス思考になっちゃうんだ」
「でも森川さんは、100%間違いなくお前の事を好きなんだぜ。だからさっきも途中から聞いてたけど、お前がちょっと踏み込んだ質問したら、照れて答えられなかったじゃないか」
「だけど怖がる自分がいるんだよ。自分でも嫌なんだけど…」
「お前が失恋して受けた傷って、相当根深いんだな…」
「中3の15歳の時に深い傷を負って、治そうとすると俺に怪我させた当人が新しい彼氏を作るは、俺はフラれるは、もう一生この傷は治らないのかもしれないよ」
俺と山中は黙り込んでしまった。
「お前は偉いや」
先に口を開いたのは、山中だった。
「俺の?何処が?」
「吹奏楽部の部長時代だけどさ、お前に部長になれってけしかけた責任があるけぇ、何かあったらサポートしてやらなきゃ、って思っとったんよ。でもさ、色んなトラブル、嫌な目に遭いながら、ミーティングではいつも明るく振る舞ってただろ?それはきっと、自分さえ我慢すれば、部活は明るくなるはずって思ってた、そうじゃないか?」
「自分の事だから恥ずかしいけど、それはいつも思ってた」
「だから残った後輩とか、凄いお前の事を慕ってたじゃないか。同期だって、お前の事を悪く言う奴はいないし」
「あ、ありがとね」
「俺は、その自己犠牲の精神が、恋愛恐怖症に繋がってるんじゃないかと思う」
「へ?」
「好きな女の子がいても、トラウマが蘇るからと、自分から身を引いちゃう。それは自己犠牲だよな」
「う、うーむ…」
「つまりさ、自分から何かアクションを起こして傷を負いたくないって気持ちだよ」
「一理あるかも、な」
「俺はそんな上井を助けたい。勇気をだして、森川にもう一回、色々聞いてみな。そうすれば…」
「ありがとな、山中。こんな俺のために…」
俺と山中のこのやり取りを、遠くから森川さんが心配そうに見守っていたのを知るのは、後日の事だ。
(次回へ続く)
サポートして頂けるなんて、心からお礼申し上げます。ご支援頂けた分は、世の中のために使わせて頂きます。