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小説「年下の男の子」-8

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第10章「恋敵」-1

「改めて、新入部員さんの紹介をします。燈中由美さんです」

原田は最後のミーティングで、初日のテナーサックスの体験練習を終えた燈中を紹介した。

「はじめまして、1年4組の燈中由美と言います」

音楽室内は、温かい拍手に包まれた。

「今日は、テナーサックスを体験させて頂きました。見た目はとっても華やかで格好いい楽器だなと思ったんですが、まだまだ音を出すのが精一杯でした。明日はトロンボーンを体験させて頂く予定です。また明日もよろしくお願いします。あと私は、昨日までは女子バレー部にいたんですが、ちょっと色々ありすぎて、突然ですが中学時代の大先輩、原田先輩を頼って、吹奏楽部の門を叩かせて頂きました。一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします!」

燈中が頭を下げると、更に大きな拍手が、音楽室内を包んだ。

「と言うわけで、新しい戦力が加わりまして、また一つ吹奏楽部が大きくなれるチャンスかな?と思っています。正式なパートはまだ決まっていませんが、なんとか今年こそは夏のコンクールでゴールド金賞目指しましょう!その前に学園祭もありますし、みんなで楽しく明るい吹奏楽部にしていきましょう」

原田がそう言ってミーティングを締めると、ハーイ!という声もチラホラ聞こえてきた。

「なあなあ、井田、燈中さんってお前が吹奏楽部に誘ったの?」

井田の隣に座っていた山村聡が、唐突に聞いてきた。

「え?なんで?」

「だって昨日さ、あの子を吹奏楽部に誘ってくれ、頼む!って言ったら、お前、分かったよって言ってくれたじゃんか。で、今日早速入部したってことは、お前が一声掛けてくれたのかな?と思って」

「そう言う意味ね。残念ながら、実は俺もまさかの展開に驚いてるんだ。昨日お前と話した後、俺は燈中さんには一度も会ってないから…」

「え?そうなんや?じゃあ、あの子が吹奏楽部に入ったのって、部長が誘ったのかな…」

そこで井田は、原田部長は誘ってない…と喉まで出かかったが、グッとその言葉を飲み込んで、

「どうだろうね?さっきユーフォの練習してた時に聞いたら、事前アポとかなく、急にやって来たって言ってたよ」

「そうか…。原田先輩を慕ってるってのはよく分かったし、俺が一目惚れした女の子だから、入部してくれたのは嬉しいけど、なんか展開が早いような気がするな。なんか急がなきゃいけない理由でもあるのかな、燈中さんに…」

井田はその山村の問いには答えなかった。井田自身も、山村同様の疑問を抱えていたからだ。

その後は下駄箱まで山村と馬鹿話をしながら歩き、また明日な!と別れた。

いつもはここで、わざと少し遅れてやって来る原田を待って、2人で一緒に帰るのだが、今日は下駄箱でとりあえず原田を待とうとしたら、

「井田くん」

と声を掛けてくる女子がいた。勿論井田はその声の主が誰かはすぐに分かった。

「燈中さん、もしかして俺を待ってた?」

「うん。出来たら一緒に帰って、吹奏楽部に入った理由を説明したいな、と思って」

燈中は原田と井田が付き合っていることなんか知らないし、練習の時にカップルだって事打ち明けるかと聞いたら、絶対秘密!と言われたので、このままいつも通りに原田を待つべきかどうか、一瞬にして井田の頭の中が混乱状態に陥った。

だがここで原田を待っていると、なんで?と燈中は不思議がるに違いない。

断腸の思いで井田は言った。

「あっ、俺、音楽室に忘れ物してきたから取りに行ってくる。すぐ戻るから、少しずつ先に行っててよ。走って追い付くから」

「う、うん。分かったよ。じゃあゆっくり歩いてるね」

燈中が駅へ向かって歩き始めたのを確認してから、井田は全速力で音楽室に向かった。
原田に事情を説明するためだ。

だが音楽室は既にカギが掛かっていた。
原田はカギを掛け、職員室へ向かったのだろう。
だからといって井田も職員室へは、行けなかった。

再び下駄箱へ向かい、鞄からノートを取り出すと、一気に原田宛のメモを書いて、3年1組の原田の靴箱へとメモを入れた。まだ靴は残っていたので、構内のどこかに原田がいるのは間違いないが、緊急事態だから仕方が無い。

メモには、燈中が井田の下校を待っていて吹奏楽部に入部したいと思った理由を帰りながら井田に説明したいと言ったこと、原田を待ち続けたら関係を怪しまれるので先に帰ったことと、今夜11時に電話することを書いた。

(朝子、ゴメン!)


第10章-2

「燈中さん、ゴメンね、やっと追い付いた。ハァハァ…」

「んもう井田くんったら、何を忘れたの?」

燈中はゆっくり歩いてくれていたものの、井田がノートを千切ってメモを書くのに手間取ったため、時間が結構掛かってしまったのだ。

「て、定期券…」

井田は定期はいつも制服の内側ポケットに入れているので、まず忘れることは無いのだが、今は咄嗟にそう言うしかなかった。

「ありゃ、定期だと、今日の帰りも明日の投稿も切符買わなきゃいけないもんね。それは大事だね

「なかなか、コレが、見付からなくって…」

「うん、分かったよ。まだ息が荒いよ。落ち着いてからで良いよ、井田くん」

「あ、ありがとう…」

しばらく2人は無言のまま、ゆっくりと駅へ向かって歩き続けた。

「ふぅ、やっと息も落ち着いてきたよ。バレーを辞めると、体力も落ちちゃってこんなもんだよ、燈中さん」

「ふふっ、アタシ達の中学校は男子も女子もバレー部は厳しかったもんね」

「今考えたら、よくあんな練習に耐えてたって思うよ」

「そうよね。女子は原田先輩の時に大改革されて、それでいつも県大会ベスト4は当たり前になったって聞いたけど、男子はどうなんだろ?もっと前から厳しかったのかな?」

「どうだろうね?小学校の時は俺、バレーじゃ無くて野球部に入ろうと思って、クラブは野球クラブにしてたから、よく分かってないんだ」

「井田くん、バレーボールは中学から始めたの?それであんなに凄いプレーしてたの?信じられないなぁ、本当なの?」

「うん。今もウチの物置には、バットとかグローブが眠ってるよ。小学生サイズだから、もう使えないけど」

「井田くんとは小学校も一緒だったけど、小学生の時のイメージが無いんだよね。それはバレークラブじゃなくて野球クラブだったからかな?」

「だろうね。バレークラブは小学校だと、男女無関係で練習とか試合とかしてたじゃん。それで俺の印象が無いってことは、やっぱり野球クラブだったって証拠だよ」

「アタシは小学生の時からバレー一筋の女だから、他のスポーツに目を向けたことが無かったよ。だから今も、女子バレー部を辞めたけど、他のスポーツ系部活に入るって考えは起きなかったよ」

「それで吹奏楽部にしようと決めたの?」

燈中も原田も、ずっとバレーをやっていたからか身長が高い。ほぼ井田と同じくらいの目線だ。
そして原田は高校で吹奏楽部に転向したのを機に、髪の毛を伸ばし始め、今はセミロングぐらいになり、たまに結んでポニーテール状にしていることもある。
ただ燈中は昨日までは女子バレー部だったから、髪の毛は一見男子かと間違えてしまうほどショートカットだ。

そんな燈中が昨日バレー部を辞めて、今日吹奏楽部に入るというのは、どういう心境の変化なのだろうか、その辺りを井田は聞いてみたかった。

「吹奏楽部はね…部活説明会で原田先輩が部長として登場された時から心の中にあったんだけど、中学の時も文化祭とかで演奏してるのを見て、少し憧れてたの」

「へぇ、そうなの?バレーと同時に、吹奏楽にも興味があったの?」

「…あのね、アタシが中学校の時に付き合ってた彼氏が、吹奏楽部の男子だったんだ。だから、っていうのもあるの」

「えーっ?そうだったの?」

井田の初恋相手は燈中由美だが、あの子には彼氏がもういると教えてくれたバレー部の同期がいたため、初恋は実らなかったのだ。
だがその相手が吹奏楽部員だとは知らなかった。てっきり男子バレー部員だと思い込んでいた。

「高校に入ったばかりの頃にさ、俺、冗談半分で彼氏と続いてる?って聞いたら、燈中さん、はぐらかしてたじゃん。改めて聞くけど、その吹奏楽部だったっていう彼氏とは、まだ恋人として付き合ってるの?」

「……」

燈中は何か考え込むように黙り込んでしまった。

「ご、ごめん、悩ますつもりは無かったんだ。答えたくなかったら答えなくて良いよ」

「…別れてる」

「え?」

「もう、とっくに別れてる…というか、アタシがフラれたんだ」

燈中は少し寂しげな笑顔で、井田に答えた。

「フラれた?なんでまた…」

「彼に、他に好きな女の子が出来たから」

燈中は淡々と答えた。

「それって、いつ頃?つい最近のこと?」

「…今年の話」

「そ、そうなんだね。ゴメン、これ以上は聞かないよ」

「いや、大事なことだから、話しておくね。今年のバレンタインデーに、彼にチョコをあげようとしたの。そしたら、もうもらえないって言われたの。何で?って聞いたら、他に好きな女の子が出来て、もう付き合ってるって言われてね…」

燈中はその時を思い出したのだろう、目に涙を浮かべていた。

「何それ?酷いやつがいたもんだなぁ…。俺らの同期ってことだよね?」

燈中は頷いた。

「まさかN高校には来てないよね?」

燈中はもう一度頷いた。

「二股掛けて、燈中さんともう1人の女の子を天秤に掛けてたんでしょ?で、燈中さんに礼儀として別れを告げないまま、もう1人の方を選んだってことだよね?最低な男だよ、ふざけすぎだよ!こんな純粋な燈中さんを弄んで…。今、目の前にソイツがいたら、ぶん殴ってやるよ、俺が!」

井田は本気で燈中に恥をかかせてフッた男に怒りを覚えていた。

「井田くん、ありがとう…。そんなに親身になってくれるなんて、やっぱり井田くんは昔から変わらない、優しいままだね。アタシ、井田くんが彼氏なら…良かったなぁ」

燈中は爆弾発言をぶつけてきた。

「おっ、俺なんてどこにでもいるスポーツ馬鹿だよ。燈中さんには、もっと格好良い、釣り合う男子の方が良いよ」

燈中は井田の話には答えず、爆弾発言を続けた。

「アタシが中学の吹奏楽部の彼氏に嫌な思いをさせられて失恋して、高校の女子バレー部の夢も諦めた時、なんで吹奏楽部に入ろうと思ったか、分かる?そこに井田くんがいるからだよ…」

「……」

思わぬ燈中からの告白だった。

「もちろん、原田先輩の存在は大きいよ。アタシの師匠だと思ってるから。でもそれだけで吹奏楽部に決めたわけじゃ無いの。井田くんがいるから…。そしてアタシをフッたアイツを見返してやるんだ。だから、少しでも早く吹奏楽部に馴染みたくって、昨日バレー部顧問に退部届を受け取ってもらった瞬間に、吹奏楽部の顧問の先生に挨拶して、明日から入部させて下さいってお願いしたんだ」

「……」

井田は驚きが先行して、次の言葉が出てこなかった。燈中は続けて言った。

「アタシ、井田くんのことが好き。好きなの。きっと中学の時から、いや、もしかしたら小学生の時からかも。なのに、友達のままでいいって思ってたんだ、心のどこかで。でももう、そんなきれい事は言わない。井田くんに彼女がいなかったら、是非アタシの彼氏になって欲しいけど、その答えを今すぐに…なんて言わないから。アタシが吹奏楽部に馴染んできた頃に、返事をくれればいいから。それまではアタシの気持ちは封印しておくからね。それまでは普通に友達として接してね。お願い!」

井田は頷くだけで精一杯だった。同時に今夜、原田に電話する際、どういう風にこの驚きの起承転結を説明しようかと悩み始めていた。

(朝子…。今、どこ?会いたいよ…。助けてくれ…)

<次回へ続く ↓ >


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