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【R18推奨】ホテルで紳士に2時間殴られ続けた話

人に殴られることの多い人生だと思う。
残念なことに、比喩ではない。

月初から長引く体調不良、肉体の限界は精神の限界。
私の場合はそうなってしまうことが多い。
眠れない夜に漠然と、死にたいかも、と思うとき、思い出す出来事がある。


10年以上前のこと。
当時私は劣悪な環境の生家との縁を切りたい一心でいわゆる婚活パーティへ頻繁に出入りしていた。
20代〜30代の、それも高所得者層とは言えない男女の集まり。
そこに一際、いい意味でも悪い意味でも場に似つかわしくない紳士がいた。
それが"おじさん"だった。
席替えで私の前に座ったおじさんはプロフィールカードを見ながら、親子でもおかしくない年齢だと笑い、こう続けた。

「君は依存心の強い目をしているね」

私の心臓の端を虫ピンで留めるような印象的な声色だった。
しかしそのときの私にはおじさんの言葉の真意はわからなかったのだ。
その日は誰とも連絡先を交換しなかったが、後日パーティの掲示板を見るとこんな書き込みがあった。

『私の娘、見ていたら連絡ください』

おじさんが私を呼んでいる。
書いてあったメールアドレスにおそるおそる連絡を入れると、しばらくして『娘』が『私』で間違いないことを示す丁寧なメールが送られてきて、私たちは交流を始めることになった。

幾度かのやりとりを経て、品川の水族館でおじさんと再会した。
そこでおじさんは既婚であること、大学生の息子がいることを聞かされる。
本来ならば婚活パーティの場にいるはずのない人物だ、場違いと感じたのもあながち間違ってはいない。
しかしおじさんに対して微塵も恋愛感情のなかった私はごく自然にその告白を受け入れることができた。

当時家庭でのトラブルを抱えていた私は、誰でもいいから拠り所が欲しかったのだ。
今思えばおじさんは一目でそんな私の"依存心"を見破っていたのだろう。

3度目に会った日のことだった。
おじさんは「今日は長く一緒にいよう」と
奥さんに内緒で有給休暇をとってきたことを明かした。
男女間で『長く一緒に』
それが一体何を意味するのかは娘ほどの年齢の私にもきちんと伝わっていた。

ランチを摂りながら、家庭がめちゃくちゃで日々帰るのも辛いこと、もう死んでしまいたいくらいに思い悩んでいることを打ち明けた。
おじさんは否定も肯定もせず、ただ私の話を穏やかに聞いてくれた。
お父さんがいるって、こういう感じなんだろうか。
自分と変わらぬ年齢であろう、おじさんの息子のことを朧げに想像する。


食事が済むと自然な流れでリードされ、ホテルに向かっていた。
部屋に入るとあの声色でおじさんは言った。

「自分の意思で、入口の鍵をかけなさい」

耳慣れない言い回しに一瞬たじろぐ。
部屋の中を覗き込むと既におじさんは仕立ての良いジャケットをハンガーに掛けているところだった。
その日常感に胸をなでおろし、深く考えずにカチャリと部屋の鍵をかけた。

ベッドに向かい合わせで座り、促され、唇を重ねた。
ーーーやっぱり私はおじさんを恋愛感情で好きじゃない…。
変わらぬ鼓動の速度に答えを導き出したそのとき、思いもよらぬ事態が起きた。

おじさんが、その右の掌で、私の左頬を力いっぱいに張ったのだ。
なんの準備もなかった私の身体はベッドに横倒しになった。
目の奥に火花のようなものが浮かぶ。
おじさんは私が上体を起こすまで、2発目の平手の機会をじっと待っていた。

起き上がると平手打ちで倒され、また起き上がると反対の頬を打たれ、倒され。
間髪入れず飛んでくるビンタに息継ぎが出来ず、酸素を求めて口をパクパクさせる姿はまるで魚のようだったに違いない。

泣きながらベッドの上を這い回る私におじさんは言った。

「死にたいんだろ?」

自分の漏らした言葉が数十分後、こんな形で返ってくるなんて。

確かに私は死にたかった。
生易しい現実逃避ではない。
私は私なりに、私の小さな世界の突端からこぼれ落ちる寸前だった。

なのになぜ必死で抵抗しているんだろう。
どうしてこうなった、何がいけなかった?
何度考えても今の状況を回避できるルートが見つからなかった。
私の発言がおじさんの地雷を踏んだわけじゃない。
「死にたい」はきっかけにすぎない。

おじさんは完全に私をもてあそんでいる。
打たれるたび跳ねていた身体もじきにピクリとも動かなくなっていた。
自分の輪郭が体温の通った身体の芯より、ずっと遠くにあるような気がした。

やがて平手を阻むための両腕はだらんと脱力し、私は無抵抗になった。
私が無抵抗になってからもおじさんは馬乗りになって私の頬を叩き続けた。
スラックスの中心部分が熱を持って隆起しているのが分かり、初めて私はこれが指導ではなく遊戯であることを知った。

情けなかった。
こんなに痛い思いをしても死ぬどころか気絶することも出来ず、汗だくの私は芋虫のようにベッドに斜めに横たわっている。
汗で額に貼り付いた前髪の束を剥がしながらおじさんは言った。

「思った通りだ。
 怯えて泣いた顔が一番可愛いね」

そこから1時間ほどダウンタイムらしきものが設けられた。
おじさんが濡らしたタオルを頬に当ててくれたが、そのタオルの重さすらも煩わしいくらいに疲弊していた。
ぐったりとした私の髪を撫でたり耳たぶを弄ったりするおじさんの顔から、先程までの冷たい表情は消えていた。
私は涙も流せず瞼の裏の赤暗い景色をずっと見つめていた。

退出時刻を知らせる電話が鳴りようやく起き上がると、おじさんの手を借りてミネラルウォーターを少しずつ口に含んだ。
プールから上がった後のように全身がずっしり重く、気怠い。
ワンピースの裾は皺くちゃだ。
鏡の前でおじさんはネクタイを締めていた。
初めて見るその光景に目を奪われていると、またもあの声色でおじさんは言った。

「こどもみたいな顔、してる」

目一杯腫れてるであろう私の顔に、まだ表情があるというのか。
横目でそっと、次に正面からじっと鏡を見ると、意外にも見慣れた私の顔がそこにあった。
真っ赤に泣き腫らして憔悴しきっているが、確かに私の、私の顔。

ほっとした。
あの地獄のような我が家でもいい、今すぐに帰りたい。
ホテル代を半分、黙って差し出した。
おじさんが受け取ったかどうかは覚えていない。


そんなことがあってからもおじさんとは歪な主従関係が続いた。
おじさんはあの日「死にたい」と言った私を戒める気などさらさらなかったのだと思う。
どうせ死ぬなら私を楽しませておくれ、その程度のカジュアルな暴力。
神様から貰った玩具だったのだ、私は。

おじさんとは数ヶ月の関係ののち、私に思うところが出来て自然消滅した。
一言で言うなら私を全力で依存させてはくれなかった、これに尽きる。

私はこの記録を通じて、独身を装って近づいてくる既婚男性や、一般人に紛れて迫ってくるサディストへの注意喚起をしたいわけではない。

それこそおじさんと同じく他人を戒める気などさらさらなく、使い古しの玩具に宿る痛痒い記憶を少しだけ書き留めておきたかった。
私が痛い思いをした分だけ誰かが面白がってくれるなら、若かったあの日の私も少しは浮かばれるのかもしれない。

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