見出し画像

気づけば蝉が鳴き始めていた。
始発で向かった決戦の地。薄暗がりだった空は次第に明るくなり、これから始まる一戦を見守っていた。

夏の高校野球北神奈川大会。
母校が決勝に進出したと聞いて、いてもたってもいられなくなった。今年のチームは確かな投手力と力強い打力、攻守が噛み合ったレベルの高いチームだ。これは甲子園に行くぞと僕は思っていた。

横浜スタジアムは開門4時間前にもかかわらず、すでに行列ができていた。僕もその列に加わり、時が経つのを待った。
慶應が夏の甲子園に行くとなると10年ぶり。前回も90回の記念大会だった。東海大相模を延長の末、打ち砕いた10年前の夏、僕は中学1年だったがその時のチームもまだはっきり覚えている。山崎錬主将が率いた強いチームだった。
あれから10年。記憶が克明だから、ついこの前のように感じるが、10年は長い時間だ。10年の間に僕は高校に入り、卒業し、大学に入り、卒業した。10年前は慶應高校とは縁もゆかりもなかったのに、今は母校と呼んで応援している。開門前の行列のように、一歩一歩だが確実に進み、時が経ち、夜から朝になった。

母校は躍動した。この日のためにやってきたという思いが一球一打にひしひしと感じた。

9回裏二死になって、僕は観客席で一人エンドレスと呟いていた。
エンドレスとは、勝ち急ぐな。焦らずゆっくり、いつまでもやってやろうじゃないかという意味だ。高校時代、守備位置からベンチからスタンドから、声を枯らして叫んだこの言葉が自然と口から出た。
その直後、ベンチから「エンドレス!」という選手の声が響いた。10年の間にほとんどのものが変わっていく中で、変わらないものがあった。

三振。
勝った。
マウンドで広がる歓喜の輪に僕の歓喜が吸い込まれていった。

(息子のエッセイより)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?