義理歩兵自伝(18)

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授乳中の3年間は非常に濃密で、様々なことがありました。
そのうちのひとつが、借りていた家に大家さんが戻ることになり、引越しを余儀なくされたことでした。
 
 
それまでの間義理浪士は、ひたすらに借家の室内改造を繰り返していて、窓割れアパートに比べずっと大きかった2階建てのそこは、すでにあまりに物足りない箱となっていました。
模様替えの頻度は年に何十回にも及び、すでに日曜大工の領域を超えて家の構造を変えなくては気の済まないところまで来ていましたが、借家では壁を壊したりドアを取り替えたりするわけにもいかないので、そのフラストレーションは禁欲中の若い仏僧の性欲と同等のレベルにまで強くなっていました。

ヨーロッパの古民家と日本の古民家の融合したような独自のスタイルを理想としていた義理浪士は、フランスやイタリアやスペインの古民家の造りなどを学ぶために写真集を購入し、それをエロ本のように眺めては、その家や庭のディティールに興奮してハァハァする、という日々を過ごしていました。

家の構造自体を変えられないため、できることといえば部屋の模様替えや家具の加工のみで、夜中に突如思い浮かんだアイデアを実現すべくこめかみの血管を怒張させて家具を動かし始め、家中のありとあらゆるモノの配置を変え、終わって初めて朝日が出ていることに気が付く、ということも珍しくはありませんでした。

最後は既存の家具をバラして自分の作ったパーツと組み合わせて新たな家具にするなどして、好きな女の子の顔とグラビアアイドルの写真をコラージュしてその場しのぎの満足を得るような行為に耽っておりましたが、はちきれそうな潮をどうすることもできずに、ホームセンターに行って木材やペンキや漆喰を見てはムラムラムラムラムラムラしていました。

当時BOOWYばかりを聴いていた義理浪士は、今度は氷室ック気取りでイライラを表現するのが常でした。

「こんな小さなライブハウスじゃ俺のギグは受け止めきれやしねえ・・・!」

引越しが決まった時、その怒りと呼んでも良い感情は一直線に束ねられ、「好きなように暴れまわることのできるステージ」を求めて槍のように尖りました。
ガーデンデザイン会社として、モデルガーデンになるところも作りたい。
当然これは、また家を借りたのでは解決できないため、私たちは家を購入する方向で物件を探し始めました。
手当たり次第に不動産情報誌やインターネットでの情報集めにかかりましたが、しかし現実はそう甘くはありませんでした。

あのね、とにかく、高いのね。金、足りないあるよ。 
 

そこで、義理浪士はあることに気がつきました。
そもそも自分の求めている家の構造というのは、日本の一般的な家屋の形では実現不可能だと。
簡素な箱型の物件でなくては理想を追うことはできない。
そう、ちょうど学校や倉庫のような、がらんとした単純な構造でなくてはならないのだ・・・

そんなある日、些細なことで喧嘩をして大卒浪士が家出をし、しばらく経って戻ってきた時に変なことを言い出しました。
頭にきて山に入ってじっと座禅を組んで、それから絵を描いて、気が済んで帰ろうとした際にサン・タフェ風の非常に風変わりな家を見つけた、というのです。
そんな君こそ風変わりじゃないのか・・・・・・・

とにかくその風変わりな家とやらを見てみたくなった義理浪士は、早速その場所まで連れて行ってもらいました。
その場で、偶然にもその家主のところへ訪問していた不動産会社の社長さんに出会い、これも何かの縁だろうと、私たちは今物件を探している途中だということと、その条件を伝えてみました。

 
そこで彼から紹介された一軒の廃工場。
 

義理浪士はそこを見て、子供のように喜び飛び跳ねて、すぐに買った気になりました。
目的通りの、ただの大きな箱型の物件。日当たりは最高で、骨組みだけを見ればいくらでも改造がききそうでした。
自然も多く、長閑で静かなロケーション。庭もあって、ほぼ完璧でした。

ここだ、ここしかない!他にこんな物件、そうあるものじゃない!

横に居る大卒浪士も気に入った様子でしたが、現実的な問題を考えてあと一歩を踏み出せないと考えているようでした。
買ってすぐに快適に暮らせるわけでもないし、改造にはそれなりに費用がかかる。今は娘も生まれたばかりで、本当にこんなに大きな不動産を買って、やっていけるのかどうか・・・・・

義理浪士は、若い頃に営業職で培った話術を駆使して彼を説得にかかりました。
 
「まずね、ぶっちゃけ普通の人はここを買おうとは思わないんですよ。大卒さんなら言わずともわかるかもしれませんがね、この汚い廃工場を見ただけですぐさまこの物件のポテンシャルを見抜く人というのは、そうそう居るもんじゃないんですよね~~、ええ。」

「相模湖町っていうのは、神奈川県のラスト・リゾートですよ。これからの場所です。今の時点で早めにそれを察知できた人だけが、安いうちにこの辺りを買い締めはじめているという状況ですよね。ですから、今はただの廃工場ですが、投資という観点で見ればこれはお宝的物件なわけですよ。」
 
 
この薄汚いセールストークに惑わされ、大卒浪士もすっかりその気になって、私たちは廃工場の購入に向けて動き出しました。

最終的に大卒浪士の父や祖父などの助けを借りて、晴れて私たちはその廃工場へと引っ越すことができました。
鉄骨の骨組みに石膏ボードとベニヤ板で閉じただけの、簡素な工場。
今は汚くとも古くとも、きっとここを、自分にとってどこよりも美しい場所にするんだ・・・!

大卒浪士に、サラリーマンをやめたことを後悔させるわけにはいかない。
今まで、ホームレシ、アロハのスポンサーレシ、貧乏ばかりに付き合わせてしまった。
早く、早く、なにか特別なものをあげなければ、特別な景色を見せなければ。後悔の足音はきっと、いつだって彼の真後ろにまで迫っているに違いないのだから・・・・・

それからというもの義理浪士は、この授乳期に、会社の手伝いで工事に出ながら、家の改造に取り掛かりました。
その頃はすでに、欧州の家の造りや素材を学ぶことにディープなジャンキーとなっていた義理浪士は、穴が開くほどに写真集を眺め、壁の漆喰を自分で配合して実験的に使用して再現を試みてみたり、1週間ほどパソコンの前から動かずにCADの操作を身につけたりして、家の設計に心血を注ぎました。

当時の義理浪士のイメージはと言えば、

ぶき:左官用コテ、ゴムハンマー
ぼうぐ:布のキャップ

髪:くせ毛が乱れデビュー当時のジョン・ボン・ジョヴィ風
顔:なぜかしつこくホステスメイクをキープ
上半身:授乳用トップス
下半身:寅壱ニッカポッカ
胸部:美香さんキープ
体型:ダルシムアゲイン・・・・

自分は、これほど体の各部によってちぐはぐなイメージを体現している女性というものを、これまで他に見たことがありません・・・・・・

そして会社の方は、引っ越してすぐにそれまでで最大の庭工事を受注して勢いづき、そのあとにある新興住宅地の新築物件の庭工事の依頼を受けました。

そこは小さなお子さんのいる爽やかで穏やかなご夫婦の建てた、素敵な白い一軒家でした。
義理浪士にはそれがこの若いご夫婦の幸せの象徴に見えて、現場に着くたびに、ついつい屋根のあたりに青い鳥を探してしまいそうな気持ちになるのでした。

この素敵一家の希望を出来るだけ汲んで喜んでもらいたい、そして工事の実績・事例が欲しかった駆け出しの私たちにとっても、できるだけ良いものを造りたい・・・
大卒浪士は悩んだ末、予算に限りがある中で、ボランティアにならないギリギリのご提案をしました。

しかしそれが仇となって、その決して広いとは言えない庭は、私たちにとって丁か半か、乗るか反るかの大きな賭けを強いられる賭博場となってしまったのです。

 
大きなネックとなったのは、駐車場の仕上げ。
予算内で他の場所に天然石や良質の漆喰などを使うと、駐車場にまで得意の石畳などを施すのは不可能でした。
そのため、私たちには経験のない「土間コン鏡面仕上げ」というものをすることになり、これに下請けの業者を呼ばなくてはならなくなりました。

ところが、その業者を呼ぶとなると、この工事は私たちにとってほとんど儲けのない仕事になってしまうのです。
 
説明しよう。土間コン鏡面仕上げとは、砕石を撒き、転圧し、鉄のメッシュを伏せ込んで下準備した地面に、液体のコンクリートを一気に流し込み、砂利を叩いて沈め、生コンが固まる前にコテで表面をならし、最後は全体に一切のコテ跡を残さずにツルピカの仕上げを施さなくてはならない、経験がモノを言うプロの仕事である。

生コンの固まるスピードは早く、モタモタしていてはツルツルの駐車場を作ることはできない。
万が一失敗に終われば、すべてを破壊して一からやり直さなくてはならない一発勝負の仕事なのだ。

ちょうどその時、私たちが施工していたその白い家の近所で新築の家のお庭を工事していた業者さんがいました。
清原和博元プロ野球選手を小さくしてお腹を出して真っ黒に日焼けさせたような、丸くてちょっとチンピラ風の屈強そうなお兄さんで、太い金のネックレスがチラチラと光り、それが彼のイメージを決定づけるラベルのように見えました。

それまで顔を合わせるうちに次第に挨拶をするようになり、知識が豊富な彼に色々と教えてもらえるようになっていた私たちは、今回の事情について彼に相談してみました。
 
 
大卒浪士「チャス、お疲れス」
 
清原丸「おう、どもども」
 
大卒「清丸さん、あの駐車場に土間コン打つとしたら、職人さん何人くらい呼べばいいんスかね・・」
 
清原丸「ああ、呼ぶの?まあ2~3人ってとこじゃないかな」

大卒「そうスか・・・1人呼んだだけじゃキツイっすよね・・・」

清原丸「1人じゃ終わんないと思うわ、俺でも無理だな。慣れたもんが2人いればなんとかなるけどね。」

大卒「そうスか・・・参ったな、ギリギリなんすよね・・・」

義理浪士「・・・・・(・・・・2人いれば・・・・・なんとかなる・・・・・・)」

その夜、義理浪士は悩みました。
あそこに職人を呼べば、儲けがなくなってしまう。
もしあれを自分たちでやることさえできれば、それがクリアできる。
しかし、未経験の自分たちにとってそれはあまりにリスクが高い・・・・
失敗すれば自腹を切ってやり直しになってしまう。

唯一明るい可能性を考えるとすれば、清丸の言った、2人いればなんとかなるということ。
幸い、左官の技術に関しては多少の自信はある。
もし当日に、自分さえプロの男1人分の働きができれば、可能性はゼロではない。それがどんなに勝ち目の薄い賭けでも、勝つ可能性がゼロではないと「わかっていながら」にして、目をつぶるわけにはいかないのではないだろうか。
そうでしょう、健さん・・・
 
 
ここまで読んでくださっている皆様にはおわかりのことでしょうけれども、
自分は一旦この思考回路にハマると、そこから逃げられる性分ではないのでした。
 
 
義理浪士は、大卒浪士にそれを持ちかけました。
 

義理「あの土間コンなんだけど・・・・・・・・」

大卒「ああ、うん・・・儲けは減っても職人に頼むしかないね・・・・すっげー悔しいけど」

義理「呼ばないでやれりゃあいいんでしょう」
 
大卒「えっ・・・・・・・・・・何、また?無理すよ??無理すよ美智恵さん??」

義理「やり切ればいいだけのことだろ」 

大卒「ちょっと、わかってる?失敗したらあそこに使った飾りの石も全部ダメになるんだよ?そうなったらもう・・・材料買い戻せねえよ」
 
義理「必ずやり通す、それ以外にない」

大卒「何言ってんだよ、ありえないよ。男2人でもキツいんだってば。俺らやったことすら無いじゃん、危なすぎるよ」

義理「死に物狂いでやれば、なんとかなる。絶対に何とかする。」

大卒「これはあまりにバカ。盲目だよ・・・・・・・・」

義理「お前・・・安牌取って生きんのかよ。欲しい方に賭けるんだよ!死にやしないだろ!!(片乳授乳中)」

大卒「マジか・・・・・・・」

義理「やり通す、とにかくやり通す!」

大卒「・・・わかったよ。やれれば確かにすべての問題がなくなるからな。そっちに賭けるか・・・」

神奈川の片田舎の、家族経営の庭屋の、取るに足りない、小さな施工現場の小さな一工程における、馬鹿な賭けでした。
その馬鹿な賭けのために、当日は朝から私たちはアドレナリンをぶっ放して鬼の形相で現場に到着、冬の朝に体から湯気を出して生コン車の到着を待ちました。

朝の8時、そばの角に象のような巨大な生コン車が到着したのを見て、義理浪士は目を剥きました。
なんという大きさ・・・!
巨象はその体内に飲み込んだコンクリートが固まらぬように胴体をグルグルと回転させながら、ゆっくりと角を曲がってきました。
あの中身をぶちまけて、それが固まる前に自分たち2人の手でここに一枚のガラス板のように均しきれなければ、我々はこの賭けに負けることになる。
用意してきた金コテが、とてつもなく頼りなく、小さく見えました。

いつも、そうなのだ。なぜか招いてしまう、キン肉マンの戦いのようなバカバカしくも壮絶な状況。
コンクリートマンV.S大卒マスク+義理ッケンJr.・・・・その死闘の結果は、次回へ、つづく・・・!

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