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『ベイビー・ブローカー』ーー仲間と生きること、「誕生」の肯定


はじめに


6月24日。是枝監督の最新作『ベイビー・ブローカー』(原題: broker)を鑑賞してきました。

本作は『パラサイト』に出演されていたソン・ガンホさんや、歌手として活躍されているIU(イ・ジウン)さんが出演されるということもあり、公開前から日本でもかなり注目を集めていたと思います。

本稿では、まず本作で問われていたと思われる二つの重大なテーマに関し考察をし、それから筆者が敬愛しているIUさんにまつわる話をします。
関心を持っていただけた箇所だけでも読んでいただければ幸いです。

本作におけるテーマ

本作から私は主に2つの問いかけを受け取りました。
それは、法外で生きるということ、それから「誕生」をどう捉えるか、という2点です。

1、法外で生きる

はじめに、「法外で生きる」とはどういうことかと思われた方が多いかもしれませんが、これは社会学者で映画評論家でもある宮台真司さんが用いる概念です。
ここでいう「法」とは広義の意味での法システムを指します。つまり、法律に限らず、社会制度や規範、経済システムなどのように、我々の生活を取り囲む不文律で成り立っているものを含めたシステム全般を指します。
私たちは、多くの場合、法システムのなかで生きていますが、是枝作品は法システムの外、つまり法外で生きるということを肯定的に描き出し、法内で生きる人々を時に批判します。そして、法システムの一つに「家族」というものがあります。

是枝作品では、父、母、子で構成される一般的な「家族」ではない、擬似家族の一つの形が肯定的に描かれます。本作『ベイビー・ブローカー』においても、システムの外を生きる擬似家族(本作では、ブローカー、赤ちゃん、赤ちゃんを捨てた母、児童養護施設の子)がシステム内の「家族」より“家族 らしさ”を持ちうるというメッセージを受け取ることができます。これは『海街diary』や『万引き家族』など是枝監督の他作品においても一貫している姿勢であると言えます。

『万引き家族』では、「鉄の檻」のなかで「没人格」した刑事が、擬似家族として法外を生きる人々に「正しさ」を振りかざすのですが、法内で生きる刑事を徹底して批判しています。刑事が人格を取り戻す姿は描かれず、この社会への絶望や怒りが描かれています。
一方、今作は『万引き家族』とは異なり、社会への期待が見られます。「鉄の檻」に陥り「没人格」的存在となった先輩警官が人格を取り戻し、システムの外で仲間と社会を生きるようになります。今作では若干の希望も描かれていることで、全体として『万引き家族』よりも柔らかい印象を受けました。

システムに依存した人々の振りかざす「正しさ」は往々にして社会の周縁で生きる人々を傷つけます。本作では先輩刑事と赤ちゃんの母(IU)が、「正しさ」を巡って口論になります。そのやり取りを通して、刑事は人格を取り戻します。2人のやりとりとそれによる心境の変化は、本作の見どころの一つです。
また先輩刑事と後輩刑事の「正しさ」をめぐるやり取りも印象的です。後輩刑事が先輩刑事の「合理的」な考え方に疑問を抱くようになり、それについて問いただします。そこでも先輩刑事の心境の変化が見られます。

2、「誕生」をどう捉えるか


それから「反出生主義」がテーマの一つになっていました。
反出生主義について大雑把にまとめます。社会状況もあり「生まれてこないほうがよかった」「生まれてくるべきでなかった」という考えを抱いてしまう境遇を生きる人々が増加しています。すると、そもそも産むことは親が子供に対し一方的に行う行為で、子供はこの世に誕生するかどうかを選択できない、非常に暴力的な行為である、という言説が力を持つようになっているわけです。

本作でもこの「反出生主義」とどう対峙するべきかという点が非常に重要な問いかけとなってきます。
母親(IU)が「赤ちゃんポストに赤ちゃんを預けるのなら最初から産むな」「不幸な子を産むくらいなら中絶しておけ」といった「反出生主義」の色彩を帯びた批判を浴びるのですが、それに対して彼女はどう答えるのか、というところも見どころです。

本作は反出生主義に批判的であることは間違いないのですが、一方でおそらく、生まれてきたからには一人一人に価値があるといった短絡的なことを言いたいわけではありません。「誕生」「生まれること」を肯定するためには、私たちないし社会はどうすべきなのだろうかということ考えさせられます。
本作終盤では、捨てられた子の生を肯定していくために、多くの人が工夫を凝らし、「家族」でない形を作っていきます。

「誕生」を無条件に祝福できるような社会であってほしい。ホテルでの最後の夜を皆で過ごすシーンを観て、そんなことを感じました。

IU(イ・ジウン)さんと是枝作品

IUさんが本作に出演されることになったきっかけは、コロナ禍における外出自粛にあるといってもいいかもしれません。是枝監督は自粛期間中に韓国ドラマを観る中で、IUさんに魅了され、オファーを出すことになったそうです。

そのドラマは、『マイ・ディア・ミスター』です。IUさんは、親の借金を背負い、多数の仕事を掛け持ちしながら祖母の世話をするという希望のない生活を送る少女を演じています。
このドラマでIUさんが笑顔を見せることは殆どありません。愛らしい表情を見せ歌手として活動されているときの彼女からはとても想像がつかない姿を演じているため、歌手IUの姿しか見たことがないという方は驚くことでしょう。

さて、この『マイ・ディア・ミスター』での役柄と、今作『ベイビー・ブローカー』での役柄が、実はすごく似ています。それは両者とも、社会への希望を捨て去り、諦めているが故の強さを持っているという点です。希望を抱くから、裏切られ、苦しむことになる。ならばいっそのこと、希望など抱かず、諦めてしまった方が楽だ。そのようなキャラクターを演じているため、両者とも絶望的な状況にも関わらず、どこか凛々しくもあります。

そのようなキャラクター像のため、本作においてもほとんど笑顔を見せないIUさんですが、逆にいうと彼女が笑みを見せるシーンは重要なシーンが多いです。
彼女の笑顔にも注目したいです。

最後に

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。映画の感想など、コメント欄に書いてもらえると嬉しいです。

今後も映画や小説、音楽を通して感じたことを、ゆるゆると書いていくつもりなので、たまに覗きに来てください。よろしくお願いします。

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