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幽霊のお〇ぱい B面

 私、死んじゃった。どうしよう?お〇ぱいがない。
 いや、あるんだけど、イメージだけだ。モノがない。
 モノがない何て言うと、生々しいけど、そう言うしかない。
 コンビニにタマゴとラムレーズンを買いに行ったら、刺された。
 意味が分からない。凄く怖かった。
 とりあえず、タマゴとラムレーズンは守った!
 お嫁ちゃん偉い?
 旦那さんも褒めてくれるかな?
 それにしても、目が合った瞬間、刺すとか怖過ぎる。
 全く知らない女の人だった。通り魔?
 ちょっと迷惑だから止めて欲しい。
 それにしても、困った。
 私お化けになっちゃったみたいだけど、タマゴ粥を作らないといけない。
 無論、旦那のためだ。今熱を出して寝込んでいる。早く元気になぁれ。
 私はアパートに戻って、速攻でラムレーズンを冷蔵庫に入れた。
 旦那がいた。布団で寝ている。こちらに気が付いた。
 「……おかえり」
 ――ただいま。今ちょっと待っていてね。
 私はひよこのエプロンを付けて、鍋を回し始める。
 「……ラムレーズンは?」
 ――冷凍庫に入れておいたから、後で食べてね。
 それからタマゴを割って、お粥を温める。
 愛情たっぷりの黄色いタマゴ粥だ。
 両手でポーンとハートマークを投入。グッドだ。
 昔、メイド喫茶で働いていたのは内緒だ。
 お嫁ちゃんミュージックも、メイド喫茶で鍛えた。
 アイドル、アニソン、懐メロならどんとこいだ。
 メイド喫茶で将来のご主人様を想いながら、花嫁修業に明け暮れたのだ!
 これでも売れっ娘だったんだよ。看板娘だ。
 お〇ぱい目当ての人も多かったけど、それでもいい。
 今の旦那さんに会えたから、文句はない。
 神様のお爺さん、ありがとね。今度桜の木の下で会おうね。
 でも旦那まで、お〇ぱいお〇ぱい言っている。
 ソムリエだとか言い出した時はどうしようかと思った。
 吸っているのは私のだけだよね。それなら別にいいけど。
 でも私も初めて家に行った時、とっておきの殺し文句を言ってしまった。
 「今ならサービスで二個ついてくるよ!」
 後悔はしていない。旦那はこれで落ちた。我が人生に一片の悔いなし!
 中々、プロポーズの言葉を吐かなかった旦那も、これで攻略済みだ。
 因みに私のは、メートル級には及ばないが、それなりの大きさはあるよ。
 色よし、形よし、感度よし?のお〇ぱいだよ。
 しかも、ふわふわで、ふかふかだよ。黄色いタマゴ粥みたいだよ。
 でもお〇ぱいって、寝る時、邪魔なんだよね。
 寝る時だけ取り外して、枕元とか置けないかな?
 水に漬けて置いておくの。コンタクトレンズみたいに。
 そうだ!今度、神様にお願いしてみよう。
 きっといいアイディアだと思って、採用してくれるかもしれない。
 悩める女性の負担を少しでも減らす事はいい事だ。
 でもこれは本来、赤ちゃんのためのものだよね。
 旦那さんだけのものではないよ。
 ああ、赤ちゃん。欲しかったな。もう無理か。
 所持金半分でもいいから、誰か蘇らせてくれないかな?
 そのうち、お迎えの人が来た。
 知らない若い女の人だった。
 簪を差し、着物を着ている。江戸っ娘だ。
 どことなく私に似ている。姉妹?
 その娘は、甲斐甲斐しく、色々ルールを教えてくれた。
 ふ~ん。死後の世界って、死語の世界じゃなかったんだね。
 科学万能の世の中だから、てっきりないかもって思っていたよ。
 やっぱりあるんだ。不思議。
 それからとても可愛い死神美少女もやって来た。金髪碧眼だ。
 事件の事を訊かれた。因果は応報すると言われた。よく分からない。
 あと四十九日の間は、現世に留まっていいと言われた。
 ただしそれ以上居てはいけないと言われた。
 執着となって、地上を彷徨う不成仏霊になってしまうからだ。
 私は旦那が気になったので、四十九日の間、現世に残る事にした。
 三途の川を渡って、エンマ様に会うのは、ちょっと後回しだ。ゴメンね。
 でも死後の世界って、大体イメージ通りと言うか、昔話のまんまだね。
 何も変わっていない。ほぼほぼ聞いていた通りだ。
 ちょっと21世紀の世界観と一致しなくて、シュールだけど、面白い?
 世間は変わって行くけど、世界はずっと変わらない?永遠?
 とにかく猶予期間いっぱいまで、私は旦那の側にいた。離れない。
 いや、離れないといけないんだけど、名残惜しくて、今は無理。
 茫然としている旦那を見ていると、こっちも泣けて来る。
 声を上げて泣きたいのはこっちだよ。何で私は死んだの?
 私はちょっと死神ちゃんに、そこら辺を訊いてみた。
 もうちょっと善行を積んでいれば、運命の路上で回避できたらしい。
 そうか。旦那ばっかり愛してもダメだったんだね。
 足りなかったのは善行?隣人愛?
 でも私が愛した人はあの人だけだから、今も私は尽くすよ。
 これが本当のメイドの土産ならず、冥途の土産だ。
 あ、電話が鳴っている。私の事かな?
 旦那は電話に出て、首を傾げている。
 あ~、私が死んだって、知らせを聞いちゃったんだね。
 部屋の中をウロウロしている。
 私はここだよ~。ここにいるよ~。
 だけど旦那は私に気が付かないで、部屋を出て行った。
 認識が変わったからかな?
 完全に分からなくなっちゃったみたい。
 さっきまでは、見えなくても、私を感じてくれたのに。
 ふと、鏡台の前に立つと、私の姿は映っていなかった。
 う~ん。実体がない。肉体がない。
 これだと、旦那に尽くせない。どうしたものか?
 その時、私の後頭部が、パッと豆電球のように瞬いた!
 ここは発想を転換して、旦那も幽霊になればいい。
 いや、別に旦那は死んだりしたりしないよ。
 身体の中に入っている旦那の幽霊に直に触れるんだ。
 人間は元々幽霊なんだから、それは可能だ。
 いや、魂かな。ふふ。
 私は両手を頬に当てて、身をくねらせた。幽霊のダンスだ。
 旦那がしょげて帰って来た。
 見た事がないくらいショックを受けている。
 旦那の胸の辺りから、青い光が漏れていた。
 全身から出ていた微かな光まで小さく縮んでいる。
 可哀想。心に酷くダメージを受けている。
 これは癒さないといけない。神様お願い。私に力を与えて。
 うん。お嫁ちゃんは、今夜あなただけの天使になるよ。
 私は精一杯の笑顔で、両腕を広げて、旦那を抱きしめた。
 そのまま二人で床に入り、全てが解けて、溶け合う。
 それからまるで初めての夜の時のように、激しく求め合った。
 旦那は言った。お〇ぱいは人生のボーナスだ。サービスだ。
 そう。じゃあ、ゆりかごから墓場まで、お〇ぱいだね。
 旦那は癒された。やった。朝チュンだ。
 それから49日の間はずっと一緒にいた。
 ちょっと江戸っ娘の姉妹から注意されたけど、構うものか。
 死神美少女も嘆息している。
 でも時間という奴は残酷で、タイムオーバーが近付いた。
 悲しいけど、先に天国に行って、旦那を迎える準備をしないといけない。
 帰ってきたら、「お帰りなさいませ!ご主人様!」って言ってやるんだ。
 ホントに最後の最後の夜、旦那は悲しそうに私を見ていた。
 私は胸元を緩めると、赤ちゃんの授乳のように、旦那を抱いた。
 ――これが本当に最後だからね。
 旦那は私のお〇ぱいを無心に吸った。
 伝わるかな?私の心。私の悲しみの愛。
 ――ごめんね。ずっと一緒にいたかった。
 私はちょいちょいっと指を回して、ラジオの周波数に干渉した。
 例の曲が、時間のどこかで流れていないか、検索する。
 あった。イントロが始まる。
 『M』だ。PRI〇CESS PRINCE〇Sの。
 私は地上で最後の歌を歌った。心を込めて。
 天井から光が射す。最後のお嫁ちゃんミュージックだ。
 これが幽霊のお〇ぱいB面だ――A面に戻る。
 
          『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード42

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