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『村上さんのところ』ノート

村上春樹 新潮文庫

 私が初めて村上春樹の名前を見たのは、書店で手に取った『群像』(1979年6月号)の目次でだった。
『風の歌を聴け』(群像新人文学賞受賞)というタイトルに惹かれ、店頭で読み始めたら面白く引き込まれ、じっくり読むために『群像』を購入した。それまで文芸誌は数えるほどしか買ったことがなく(金銭的余裕もなかったので)、ほとんど大学の図書館で読んでいたが、なぜかこの作品が気になった。そして村上春樹は芥川賞をとるのではないかと予想していた。この雑誌はいまだ私の本棚に年季が入った姿で並んでいる。
 同じように思っていた人は多かったはずで、村上春樹が芥川賞(いまさらの感があるが)をとれなかったことについて、『芥川賞はなぜ村上春樹に与えられなかったか』(市川真人 幻冬舎)という本が書かれるくらいだ。

 いまや芥川賞どころか、ニュースでは毎年ノーベル賞候補にあがっている(実際は、海外の民間ブックメイカーが掛け率を決めているだけ)そうだ。候補に挙がっているかどうかは非公表だから、それ以上言いようはない。

 かく言う私はいわゆる〝ハルキスト〟ではないが、結構作品も読んでいる。しかし私が好きなのは、海外小説の翻訳物だ。村上春樹はこれまでに、スコット・フィッツジェラルド、レイモンド・チャンドラー、トルーマン・カポーティ、サリンジャー、レイモンド・カーヴァーなど、海外の小説など70冊以上を翻訳している。どの翻訳も古い訳に比べて格段に読みやすく原作を堪能できる。いい翻訳の力だ。
 それともう一つ好きなのは、エッセイなど小説以外の作品だ。今日取り上げた『村上さんのところ』は、期間限定(2015年1月15日~5月13日)で質問・相談サイト〈村上さんのところ〉というホームページを開き、世界中から寄せられた質問37,465通のメールに全て本人が目を通し、そこから掲載を承諾した473通のありとあらゆる分野の質問や相談に、村上春樹が真面目に答えたそのやり取りを本にしたものだ。
「村上さん謝ってください」といういきなり高飛車な要求(夫がレコード収集を始めたきっかけが村上さんのレコードの魅力やジャズ解説の影響なんだそうな)や、「(作品の)結末はいつ考えているのですか」、「翻訳で補えない領域は存在するか?」という創作や翻訳の機微に触れる質問にも真面目(?)に答える。
 また「代打、村上(野球の話)の登場テーマ曲は何がいいか」という質問には、「ドアーズの『ハートに火をつけて』のイントロのレイ・マンザレクの深く暗い魔術的なオルガンの響き。燃えます。」と答える(因みに筆者もこの曲が好きだ)。

 そうそう、筆者の友人の新聞記者が、「面白い新聞って何でしょう?」という質問をしたことが偶然わかり、それがこの本で取り上げられている。村上春樹は、新聞のパッケージとしての信頼性と新しい新聞文体を作る努力が必要と答えている。
「落ち込んだ時のマントラは?」という質問には、「どんな雲の裏地も明るく輝いている(Every cloud has a silver lining)が僕のマントラのひとつです」と答え、「Look for the silver lining(銀色の裏地を探そうじゃないか)とチェット・ベイカー(アメリカのジャズトランペッター・シンガー)もやさしく歌っています。」と答える。筆者もこのジャズプレイヤーが好きだ。

 結局自分の好みに沿った紹介しか出来なかった。そもそもこのような趣向の本を紹介すること自体が無理なんだということが分かった次第。
最後に、表紙のイラスト、村上さんを挟んだ猫と羊と奥に描かれている獏の構図は、マネの『草上の昼食』の真似ですね。おあとがよろしいようで♪

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