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☆本#117 「世間とズレちゃうのはしょうがない」養老孟司・伊集院光著

ふたりともズレてないんじゃ、と思い読んだ対談本。

文頭に本人が書いてるけど、伊集院光の喋りの方が多い......、のがちょっと残念。

彼らの言うちょっとしたズレを持っている人は、意外と多いのではないかと思う。彼らもそうだし、自分もそうだと思うし。

一気に読めたよみやすい本だったけど、今思い返そうとしてもなにも浮かばないな...。
あ、1つあった。ふたりが同意見だった話。

伊集院光は「100分de名著」に出ていて、わからないことは聞くようにしているという。それは、アナウンサーが絶対聞かないから。というか、アナウンサーって立場上言えないらしく。
養老孟司も、同局のアナウンサーが非常にまじめで喋ってることが全然通じてないと感じて困ったらしい。学生相手で慣れてるから「わからなくて当たり前」と思っていて、質問されてもかまわないそうなんだけど。

なんか、ブラタモリで社歴の浅い社員が同行者として選ばれるのがわかる気がする。

もうひとつ印象的な話。シーラカンスとの共存について。

受精卵の形は人もシーラカンスも同じ丸。進化の足跡を縦に見ると、いつの間にか遺伝子が変わって「シーラカンスがヒトになる」。けど、そのシーラカンスは生きた化石としてまだ生きていて、人と共存している。
「シーラカンスのまま来るのもありだし、ヒトまで行っちゃうのもあり」って発想がいいな。
これは、「デジタルとアナログは両方あっていい」に繋がっているんだけど。確かに。多様性とバランスって大事。

最後に、養老孟司があとがきに書いた言葉に同感。

「人生の半分は自然が相手で、残り半分は世間が相手である。もっぱら世間しか相手にしない人は多い。でもそれは不幸を生む。私はそう思っている。」

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