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黒の機械兵 第一話 たびだち#8【終】

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「すげえ」
「なんだありゃ」
「網……だな」
大筒を操作してくれていた小父さん達が口々にそう呟く。

網は自ら収縮するように鉄狼を包み込み実体化すると、巨体を地に磔にした。重力が何倍にも増加させられたかの如く鉄狼は脚を屈し、尚も抗して全身から泣き叫ぶような装甲の擦過音を響かせる。
網と鉄狼。その力は拮抗し、巨躯を起こそうとしては伏せさせられることを繰り返した。

「なんで抜けられない?」
「推測ですが、網になったことで一箇所を引っ張っても全体に力が分散されてしまっているのではないかと」
どこかからか出た疑問に推論で答えながら、アガツマ氏は疲労で尻餅をつきかけた俺を受け止めてくれる。意外なほど力強い腕だ。

「でも……あれはあくまで足止めでしょう? これからどうすれば……なにか攻撃するような術具が……?」
少し気恥ずかしく思いながら、慌てて立ち上がりつつ俺は質問する。例えば別の、攻撃用の大筒のようなものが有るのだろうか。と。
「うん。いや、その通り。あれは確かに足止めです。私達にアレを仕留める術《すべ》は、ありません」
そうアガツマ氏が口にしたとき、ゴギャ、とかバギ、というような破壊音が響き、遂に鉄狼が脚の一本を犠牲に身をもたげた。更に、全身を赤熱化させブスブスと網が焦げ始める。

「捨て身だ」
そう、誰かが口にした。見るだに最後の抵抗として、爆発でもしそうな雰囲気だ。
――その時、深緑色の流星が落ちた。

それは杭に見えた。魔法の網を地に縫い止める仮初の杭ではなく、そして、何倍も何倍も大きな、杭に。
《グ、ギョーーーン!!》
それに貫かれ、鉄狼が耳を聾する鳴き声を響き渡らせる。その原因たる杭を持っていたのは……

「ロ、ロボだーーーーーー!?!?」
『辺境騎士団、レーガー、到着しました。遅くなって、大変申し訳ない』

思わず叫んでしまった俺の声をかき消すように、目の前の人型ロボとしか言いようがない物から成人男性の声が発せられる。あれがロボな巨人族などでなければ、前世で言うスピーカーのようなものなのだろう。
その間にも油断なく杭……或いは騎士になぞらえれば突撃槍か……を捻り抜き、鉄狼の身体から砕けた破片や黒赤色のオイルが吹き出る。
赤熱していた鉄狼の身体は今や元の金属色に戻って、完全に沈黙した。

『これが逃げていた最後のマリスコードです。皆さん、ご安心ください』
突撃槍を背に懸架し、直立したそのロボットは鉄狼より更に大きく、目測で5mから6mと言ったところだろうか。今見下ろしている教会建屋よりは低いが、十分圧倒的だ。
西洋鎧の腕と脚を肥大化させたような身体バランスで、比較的小さめな頭部を基準にすれば六頭身と言うのが正しそうだが、見た目の印象は三から四頭身程だった。
俺たち教会で鉄狼を相手にしていた以外の村人らは重い扉を開き、教会前の広場に集合し始めていた。

ロボットの頭の付け根に当たる装甲が前にスライドする。果たして鎧姿の青年が顔を出した。
「司祭様、”あれ”は?」
「ええ、あの方は騎士殿。そしてあの巨大人形は、機械兵と言います。我ら人類の守り手です」
そう言っている間に、機械兵は脚を屈めてゆき、最終的には……正座をした。ジャパニーズ正座だ。
西洋ファンタジーとロボットアニメの合いの子の様なデザインとのギャップに、何とも言えない不思議な気分になる。しかし待機する場合は直立状態よりずっと安定しているから、合理的なのかもしれない。
俺たちも、広場に向かうことにした。

「司祭様! お久しぶりです。今回も流石の光波防御帯でしたね」
コクピットから上体、肩から腕と伝い、器用に降りてきた騎士……レーガーさんは破顔一笑、司祭様にそう話しかけた。
「ブルクハルト君こそ一撃で破壊して見事でしたよ。腕を上げましたね」
「いえ……そもそも我々が包囲を破られて逃げられたのが原因ですから……そちらは?」
「今回の功労者ですよ。あの網は、彼の仕業です」
近くで見るレーガーさん……レーガーが姓でブルクハルトが名で良いのだろうか? ……は、思ったより俺と歳が近そうな印象だった。と言っても前世の補正でそう感じるだけで、実際には二十歳かそのくらいで十分年上なのだが。

「あの魔法を……!? ……なるほど。あの拘束があればこそ、一撃で仕留められたのです。ありがとう。素晴らしい技でした」
一瞬の驚愕の後、そう言って差し出された彼の手を俺は素直に握り返した。
やはり、我ながらあの魔法はただ事ではなかったのだろう。
その真摯な視線が、俺を真っ直ぐ射抜いた。

その気持を反芻している間、暫くアガツマ氏はレーガーさんと事務的に被害の報告、マリスコードの残骸の処理などを話し合い、ふと機械兵を見上げて言った。
「ところで、ひどい怪我人は出なかったにしても、こんな襲撃が有って”丁度良かった”とはいい難いのですが……」
だから、俺はアガツマ氏の言葉を、なんとなく驚くこともなく受け入れたのだと思う。

「今年の騎士学院への推薦者は、彼にしようと思うのです」
これが、俺が故郷……ウインディコロニーを出ることになった理由だ。

【一話おわり】

資料費(書籍購入、映像鑑賞、旅費)に使います。