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たくさん見えるもの

『パパー、たくさんあるね』

よく娘は一つしかないものを見て、たくさんあると言う。
僕は別に子供特有の不思議な解釈であるだろうと考えている。
『パパー、公園に行きたい』
今日は土曜日だが、娘が外で遊びたいと駄々をこねてきた。
僕は今日はゲームをしたい気分だったため、断ろうとすると、妻からの怒りの視線を感じた。
視線を感じたものの、本当に怒っているか確認することはない。
僕は人の顔をじっくりと見るのは苦手だったからだ。
だからいつも人と話す時は、他のところを見つつ話している。
しかし、怒りの感情とは雰囲気でわかるものだ。
確かに休日にずっとゲームをしていても仕方ないため、折れて公園に行くことにした。
公園に行くと、花畑があった。
娘はそれを見て、感激していた。
『たくさんお花があるね』と言う。
花に虫が溜まりそうになった。
あれは何?と聞いてきたからトンボだと答えた。
娘はまだトンボを見たことはなかった。
『たくさんトンボさんいるね』と言う。
トンボは娘を見て怯えている様子だった。
僕はなぜトンボが怯えているのかわからなかった。
娘がトンボが欲しいと言うから、捕まえ方を教えてやった。
『まず、トンボの目をじっくりと見て、目の前で指をぐるぐるするんだ。するとトンボが酔って止まるからそこでつかまえるんだ』
娘はトンボの目をじっくり見た。
すると娘の様子が豹変した。
娘はウッといって、その場でうずくまり、嘔吐した。
娘は悲鳴をあげて、家に逃げ帰った。
家で娘に訳を聞くと、トンボさんの目がいっぱい、その中に私がいっぱい、その中にトンボさんがいっぱい、と言っていた。
僕は訳がわからなくなって娘の目を見た。
ギョッとした。
娘の目はトンボのような複眼だった。
僕は今まで一度も娘の目を見たことがなかったのだ。

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