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The Paled Room

ユーミンが似合う、海が見えるホテルに泊まりたい。
去年からずっと考えてた。
コロナ禍の夏、オリンピックが行われてたらしい夏、私はその願いを叶えることにした。

ところで、航空オタク界隈にはマイル修行という概念があって、航空会社の上級ステータスを得るために飛行機に乗りまくる奇特な風習がある。奇特な私は、那覇を単純往復するのにも飽きて、費用対効果を考えて石垣便を使うことにした。

ANAプレミアムクラスに乗ると軽食をいただける

そうと決まればホテル。石垣島周辺のホテルを探してみると、あった。
ユーミンのスーパー名曲"翳りゆく部屋"にぴったりな、部屋から海が見えるホテルを見つけてしまった。
飛ぶしかない。行くしかない。そして流すしかない、ユーミンを。
松任谷由実女史、待っててください。

彩雲ぽい雲

今回の旅程はこんな感じ。見返すとめっちゃハード。
・1日目:石垣空港着→レンタカーで石垣島めぐり→最終フェリーで小浜島
・2日目:小浜島→西表島でマングローブツアー→由布島へ渡る→小浜島に帰り居酒屋で晩御飯
・3日目:小浜島→竹富島(3時間滞在)→石垣島へ戻り港からバスで空港

玉取崎展望台

私は壊滅的に運転が下手にもかかわらず「好きな音楽を流しながら知らない道を運転するという行為」が好きなため、1人でもレンタカーを借りた。
運転してて気づいたけど石垣島、めっちゃ山道だ。
海があれば山がある。それは当たり前なのに、普段の生活ですっかりそんなことも忘れてしまっていた。初めての離島で、本物のエメラルドグリーンの海、本物のサンゴ礁、本物のマングローブに出会った。
めちゃめちゃ遅い島時間の軽トラ、道路で干からびてる見たこともないクソデカトカゲ、とぼとぼ歩く飛ばない謎鳥、マンゴーのようでそうじゃない謎実。
もう何十年も生きてるのに、こんな知らないものだらけの島があったなんて。こんな楽しいこと知らずに生きてたなんて、自分正気か?
と思うほど、短時間ですごい情報量を得た。そして島の天気は変わりやすく、私は一日でびしょ濡れになったり日焼けをしたりした。

御神崎灯台

観光客はいたものの、おそらくコロナ前の夏の比ではないだろう。
観光スポットでは距離を離してマスクを外し写真を撮る光景も見られたけどお互い通り過ぎるときは他人を気にしながらマスクを口にあてていた。

宮良川マングローブ林


ところで、一人旅はたびたび不審な目で見られる。
というのは単なる自意識過剰で、本当は誰も見てないのかもしれない。
そのなんともいえないむず痒さがいい。むしろ誰かの視線すら快感に思える。そういうプレイだから、一人旅は。
さらに、誰と話すこともないから、道中常に自分で自分の機嫌を取る必要がある。
自分でも不思議だけど、ストッパーがいないので空腹だったり疲れてたりすると、勝手に一人で不機嫌になってしまったりする。
自分をコントロールするのはコツがいるけど、それも含めて常に自分と語り合わないといけない一人旅が本当に好きだ。
気まずいカップル、疲れて会話のない友人同士、怒号飛ぶ家族、皆さんお互いに気を遣う旅ご苦労様!!

ミルミル本舗のジェラート

とにかく予定を詰め込む私の旅程は分刻みのスケジュールで、初日に石垣島の観光スポットを網羅し、給油の時点でレンタカー返却時間を数分オーバーしていた。それでも無事に返却し、送迎のおじさんにコンビニで食糧調達する時間も確保してもらいながら、なんとか小浜島へのフェリーに乗ることができた。

小浜島にはそこらへんに繋がれたヤギがいる
念願の海が見える部屋

初めての小浜島には、本当に何もなかった。
たどり着いたホテルは、まさに想像通りの静けさで、今回の旅の目的(海の見える部屋でユーミンを以下略)を達成できそうだった。
ホテルの送迎のスタッフさんは、もともと関東で何かの店のオーナーをしてるけど、仕事は後輩に任せて数か月前に島に移住してきて気が済むまでここにいるらしい。そんな働き方があるんか…。
会社員として働いている自分が、そういう自由な働き方をしている人達を目の当りにしたときに感じる、単純な憧れと、よくわからない焦燥と嫉妬はいったい何だろう。旅行に行くたびに誰かを羨んでいる。

一日の終わりには、旅先で受けとめた情報量を処理できず、寝るまでその日あった色々なことを考えてしまう。
でも、そうやって抱えきれない情報を吸収してドーパミンがドパドパ出る旅行が大好きだ。
私は、疲れて翌朝起きられないなんてことは一切ない。バチっと目が覚める。旅行は、一種のクスリだから。

朝焼け

2日目は西表島のマングローブを堪能することにした。
私はなぜかマングローブ群に昔から異常な愛着を持っていて、大興奮でフェリーに乗り込んだ。フェリーには旅行客だけでなく、建設業と思われる職人さんや通院の人たちも乗っていて、これが住民の足であることを実感した。

小浜島フェリーターミナル 

すさまじい石垣→西表間のフェリーの揺れ。
自分全然大丈夫ですよ慣れてますから、という顔をしながら脇汗全開。
そして、ノープランでもなんとかなるでしょと思いながら島に到着したら、同乗者は次々に予約していたツアーバスへ乗り込んでいき、私は一人取り残されてしまった。
ふと地図を見たら、えー…西表島めっちゃ広いやん…。
ポツンと取り残された感を悟ったのか、観光案内所のおじさんが話しかけてきてくれ、昨日も同じような若者がいたという話をしてくれた。
西表、レンタカーかツアー予約必須です。一応バスもあるけど…。

これは行き当たりばったり無理
念願のマングローブ群生林

とりあえず一番早い時間の仲間川マングローブツアーをその場で予約し、乗り込む。
年配のガイドさんが独特の訛のある語り口でそれぞれの木の種類を紹介してくれて、初めて目の前にしたマングローブ林に心から感動した。
地表に出た呼吸根という根っこに、無限の宇宙を感じてしまった。
オヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギ、ヒルギモドキ、ヒルギダマシ、マヤプシキ、ニッパヤシ。一生忘れられない呪文だ。

木の赤ちゃんたち

ツアーを終え、大原港から由布島に行きたいけど足がない私。しばらくぼーっとしてたら偶然にも奇跡のタクシーが1台通りすがりそれに乗ることにした。
島の人達は、環境意識が高い一人旅の女にめっちゃ優しい。
運転手さんが言うには、この夏は降雨量が少なく渇水でサトウキビ畑に元気がないらしい。
取水制限で一番優先度が低いのはサトウキビ畑、そして、リゾートホテルは農業より優先される。
私はてっきり世界自然遺産への登録を地元も喜んでいるものだと思っていたが、観光客の増加に実際は否定的な意見が多いようだ。
観光客によるイリオモテヤマネコの事故死が急増していることは知ってたけど、まさかツーリズムが与える水問題への影響も深刻だとは思わなかった。
見て聞いて知っていただけのオーバーツーリズムという言葉が、急に眼前に現れた。

由布島に向かう水牛
天気悪!でも海綺麗!

そして、由布島へ行く牛車で戦争と戦争マラリアの話を聞いた。
八重山諸島で起きた出来事はどれも初めて知ることで、本当にこんなことも知らずに私はよくのうのうと生きてきたな…と思った。

オオゴマダラめちゃくちゃいる
由布島

お昼に由布島を出て、また石垣島経由で竹富島にも行こうと思っていたけど、慣れない暑さと湿気で疲れてしまい、小浜島へ帰ることにした。
自分の機嫌を自分で取るために、柔軟な行程変更は必要だ。

裏手のビーチ

泊まっていたホテルのすぐ裏に、ほぼ誰もいない半プライベートビーチがあった。そのために私はわざわざ水着を新調していたのだ。
でも、いざ行こうと思うともう水着着るのも面倒くさくなり、そのままブラトップにパーカーを羽織り下だけ水着で、コンビニのポリ袋に貴重品を入れて海に行った。人生、そんなもんですよね。

このために海用シューズも買った

しかしだんだん雲行きがあやしくなり、波は高く風が吹き付けてきた。
そんな悪天候時に海に来る人はおらず、私は本当に誰もいない海に一人浮かんでいた。
誰もいない海の最高さ、知ってる?全人類経験したほうがいいですよ。
まあもうちょっと晴れてたほうがよかったけど…。 

天気悪!

夜になっても元気な私は、なんとかして星の写真を撮りたくてミニ三脚を持って外に出た
街灯もない、誰もいない真っ暗闇の夜の島は、正直本気で怖い。
草むらに入らなければハブは大丈夫と言われたけど、暗闇のなかで、謎鳥と謎生物がうごめくさまを本能的に感じる。虫もめっちゃいる。わけのわからない蛇も見た。
滞在中は雲が晴れずに星空撮影は失敗に終わったけど、あの"生"を感じる生暖かい夜の空気を感じられたのは本当に面白かった。

よく目を細めると見える

翌朝、最終日。
待って、私まだ全然小浜島を堪能してない。ということに気付き、夜明けとともに起きて散歩に出た。

謎鳥は某リゾートホテルで人的に放されて島で害鳥となったクジャクだと知ることになる。
展望台から。なかなかスッキリとは晴れない。
ヤギ!

島がよく見える展望台に上り、朝ドラのちゅらさんロケ地を歩いただけで慣れない湿気と暑さで汗だくで死にそうになってしまったので、ホテルのめちゃくちゃおいしい朝食を受け取ってからシャワーを浴びた。

海を見ながらのテイクアウトフレンチトースト

海の見える部屋の、海の見える浴室で、風呂上がりに、鏡でまじまじと自分の裸を見た。明るいうちから風呂に入ることはそうそうないから、こんな明るい部屋で自分の裸を見たのは初めてだった。
エメラルドグリーンの海をバックに見る自分の裸体は、朝日に照らされ、とてもみすぼらしかった。貧弱だった。肩は骨ばってるし、色気は全くない。
まあ人に見せるレベルではないけど、なんとなく1人で生きていくには十分だなとも思った。
省エネだし生きやすそう。そうだ、これでいいのだ。
心の中でそう思って、そのままベッドに転がり込んだ。

ラタンの机と椅子がとてもいいかんじ
翳りゆく夏

そして、ここぞとばかりに"翳りゆく部屋"を再生した。
静かな海が見える部屋に、あの仰々しいまでのパイプオルガンが鳴り響く。
"輝きは戻らない 私が今死んでも"
淡々と歌い上げるその歌詞は、大げさで、悲劇のヒロイン気取りで、私はそれが大好きだ。
やっぱり、いつ死んでもいいように今輝いとかないと。

竹富島も行った
石垣
水牛さんありがとう…

刹那的かもしれないけど、一人旅は本当に楽しい。
自然と人から無尽蔵に情報を与えられ、それを処理しきれないまま脳と身体がフル活動し、疲れて倒れるまで、いつまでもその土地や歴史や人たちや動植物のことを考えてしまう。

世の中には、自分の知らないことしかないということを知って、自分が当たり前だと思っている価値観とのズレを思い知らされる。
自分と違う地で違う人生を生きる人が羨ましくなるけど、やっぱり自分にそれはできそうにないからこのままでいいやという気持ちになる。
一人旅は、どんなクスリよりクスリになる。

沖縄限定沖縄かりーちんすこうバニラキャラメルフラペチーノ

帰りに飛行機でその地を飛び立つ時、私はその場所に向かって、"絶対また来るね!"と呼びかける。
すると、"また来てね!"って返ってくる気がする。その場所の概念から。
それはもしかしたら、自分の声なのかもしれないと思う。


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