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「ニューエコノミー/ネクストジェネレーション」(前編)

本基調講演は『WIRED』日本語版の編集長を務める松島倫明さんをお招きし、「ニューエコノミー/ネクストジェネレーション」をテーマにお話いただきます。

前編となる今回では、創刊25周年を迎える『WIRED』の理念に立ち返りながら、これからの未来を素描するために必要な楽観主義的思考を提示します。その上で、現在先進国が陥っている「曖昧な悲観主義」を指摘し、その原因とテクノロジーの急進的発展の関係について述べていきます。

本記事は、2019年1月に開催した『METACITY CONFERENCE 2019』の講演内容を記事化したものです。その他登壇者の講演内容はこちらから。
・TEXT BY / EDITED BY: Shin Aoyama (VOLOCITEE), Kasumi Nakamura
・PRESENTED BY: Makuhari Messe

青木:では、基調講演1人目として、『WIRED』日本語版編集長、松島さんにお話をしていただきます。松島さんは、ご存じの方も多いかと思いますが、NHK出版にいらっしゃるときに、『FREE』『SHARE』『MAKERS』などデジタルテクノロジーを占うような書籍を手掛けていらっしゃいます。また、その他さまざまな活動もされています。

僕が今回、お話しいただきたいなと思ったのは、『WIRED』というデジタルテクノロジー、もしくは新しい未来を占うようなメディアを手掛けられつつ、鎌倉という場所で、身体性を大切にしながら活動されているというのが面白いなと。もしかしたらこれは未来を占うような二つの要素なのかなと、僕は思っていて。ぜひ松島さんにその辺の話をしていただきたいなと。そう思って、オファーをさせていただきました。それでは松島さん、よろしくお願いします。

松島:おはようございます。『WIRED』の松島と申します。きょうはよろしくお願いいたします。いま青木さんからもご紹介がありましたが、僕は書籍の編集を20年近くやってきまして、特に翻訳書が多かったんです。きょうは、そんな翻訳書のご紹介もしながら、話を進めていければと思います。『METACITY』という思考実験とプロトタイピングの場において、せっかくこうして基調講演の一発目を仰せつかったので、少し大きな話をしていきたいと思います。

WIRED25周年──闘うオプティミズム──

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2018年11月に『WIRED』VOL.31を出しまして、それが「New Economy」というテーマでした。『WIRED』は、もともとはアメリカの西海岸で1993年に創刊された雑誌です。テクノロジーを通して、僕らのライフスタイルやカルチャー、ビジネスを論じていくメディアとして始まりました。90年代は皆さんご存じのように、ちょうどインターネットが急速に普及していった時代です。それもあって、デジタルテクノロジーによって新しい社会や未来がやって来るという、ある種のユーフォリアの中で生まれた雑誌です。

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『WIRED』は2018年に25周年を迎え、サンフランシスコで行われた記念イベントに僕も行ってきました。25年の間に何が変わったかといえば、やっぱり90年代には、デジタルテクノロジーってサブカルチャーだったんですよね。インターネットを使っているのはある種のオタクだけでした。『WIRED』の創刊号では、表紙の記事タイトルの一つに、「オタク」って片仮名で入っています。つまりこうしてカルチャーの辺縁にいた人たちが、これからメインストリームに上がってくるんだということを、予言していたわけです。

その時代から25年が経った今、『WIRED』はどこに向かっているのか。もちろん同じように、インターネットやデジタルテクノロジーによって社会がどう変わっていくのかを、常に論じています。でもいまやわざわざ「デジタル」って言わないですよね。「テクノロジー」と言えばデジタルテクノロジーのことになっています。要するに、もうそれはサブカルチャーではないんです。経済、政治、文化、僕らの生活も、デジタルテクノロジーと密接に関わっています。皆さんのポケットにもスマートフォンが入っていると思うんですけれども、どこにいても当たり前にデジタルテクノロジーがある世界になっています。そんな中でテクノロジーを通して僕らのライフスタイルやカルチャーを語るというのはどういうことか、ということに『WIRED』はいまも取り組んでいると言えます。

例えばUS版だと、オバマ大統領が表紙に登場したりするんですね。つまり昔は辺縁とされていたものが、メインストリームのど真ん中に来ている。これは『WIRED』の25年の軌跡であると同時に、テクノロジーがこの25年でいかに僕らの生活を変えたかを象徴していると思うんです。25年前に『WIRED』を創刊したルイス・ロゼットは、25周年特集号の中で「闘うオプティミズム」っていうテーマで文章を書いてるんですね。

もともと『WIRED』は、オプティミズム(楽観主義)を掲げてスタートした雑誌でした。戦後の高度経済成長の時代に、成長に伴ってさまざまな社会のひずみがやってきました。そして、大量生産、大量消費、大量廃棄が全てを覆う工業化社会を背景に、人間性や人間らしい生活がテクノロジーによってどんどん凌駕されていく危機感が生まれてきました。それは例えば、50年代のビートニクや、60年代のカウンターカルチャーに反映されていきます。その60年代のカウンターカルチャーの中から、『Whole Earth Catalogue』という伝説の雑誌が生まれました。テクノロジーが人間を凌駕するようになった時代に、もう一度人間性を取り戻すためにどうやってテクノロジーを「適正なツール」として使えるのかを考えた雑誌です。そこから直接つながっているのが『WIRED』なんです。だから、93年の創刊のときに、テクノロジーによって社会をいい方向に進ませるという意思のもと「闘うオプティミズム」が掲げられたんですね。

そこから25年がたって、今、デジタルテクノロジーは本当に僕らのことを幸せにしてるんでしょうか。例えば、個人情報を大きな企業が独占して、それを換金することによって世界的なプラットフォーム企業が生まれている。Facebookなんかも、どんどん個人データが流出して政治に利用されている。ロシアがそれを使ったことでトランプ大統領が誕生したとも言われてますよね。あるいは、Facebookを使えば使うほど人は不幸を感じる、という科学論文も出てきてます。現在は、本当に社会の中でテクノロジーがいい方向に進んでいるのか、いろいろと迷ってる時期なんだと思います。

インターネットの幕開けには、それによって社会がつながって、地球が一つになって、人々の意識がつながるって素晴らしいと人びとは考えていました。でも今は、AIやバイオテクノロジーといった新しいテクノロジーが話題になっています。この前も中国で、「CRISPRベイビー」という遺伝子操作された赤ちゃんが生まれましたね。そうしたテクノロジーが、本当に僕らにとっていい世界、いい社会をつくり出してくれるのかを立ち止まって考える時期だと思うんです。

そういう時期だからこそ、創刊編集長のルイス・ロゼットは、今ふたたび「闘うオプティミズム」が必要だということを25周年に合わせて掲げています。僕ら『WIRED』日本版も、テクノロジーに対してややもすると悲観的な考え方もある中で、あえて、希望を見つける立場、「闘うオプティミズム」を常に掲げてやっていきたいと思っています。

『FACTFULNESS』──僕らの世界の認識と真実──

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ここで『FACTFULNESS』というハンス・ロスリングの著作がルイス・ロゼットの主張に非常に近い内容なので紹介させていただきます。これは2018年にアメリカで出版され、日本でも2019年の1月に日経BP社で邦訳されたので、もしかしたらご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。本書は世界が今どうなっているのかを、ファクト、事実データから読み取ろうという本です。せっかくなんで、今日いらしていただいてる皆さんにお聞きしながら、僕らがどのぐらい、今の世界の実情を知っているのかを見ていきたいと思います。

まず第一問です。『現在、低所得国に暮らす女子の何割が、初等教育を修了するでしょうか』。小学校を卒業する女性は、低所得国において何割いるか。皆さん、手を挙げていただいていいでしょうか。20パーセントだと思う方、かなりいらっしゃいますね。40パーセントという方、2割ぐらいですかね。では60パーセントという方、10人はいらっしゃらないぐらいですね。となると、20パーセントに手を挙げた方が8割ぐらいだと思います。後で全問、答え合わせしますので、ご自身がどこに手を挙げたかを覚えておいてください。

次です。『全人口のうち、極度の貧困に暮らす人の割合は、過去20年で、どう変わったでしょうか』。2倍になったと思われる方、1割〜2割ぐらいですね。あまり変わっていないという方、結構いらっしゃいますね。6割、7割ぐらいでしょうか。約半分に減ったという方、1割、2割ぐらいですね。ありがとうございます。

次です。『世界の平均寿命は、現在およそ何歳でしょうか』。50歳だと思われる方、2割ぐらいですね。60歳だと思われる方、こちらは多いですね。7割ぐらいかな。70歳だと思われる方、2割ぐらいかなと思います。ありがとうございます。

国連の予測によると、2100年には、今より人口が40億人増えて、110億人ぐらいになるそうです。そこで、『人口が増える最も大きな理由はなんでしょうか』。子どもが増えるからだと思われる方、10人はいらっしゃらないですね。大人が増えるからだと思う方、1割〜2割ぐらいでしょうか。後期高齢者、つまり75歳以上が増えるからだと思われる方、これは圧倒的ですよね。9割ぐらい。さて、あと2問ぐらいあります。

『世界中の1歳児の中で、なんらかの病気に対して予防接種を受けている子どもはどのぐらいいるでしょうか』。20パーセントだと思われる方、半分ぐらいいらっしゃいますね。50パーセントだと思われる方、2割ぐらいでしょうか。80パーセントだと思われる方、10人ちょっとぐらいですかね。ありがとうございます。

最後の質問ですが、世界中で30歳の男性は、平均して10年間、学校教育を受けているそうです。では、『世界の中で、30歳の女性は平均すると何年間学校教育を受けてるでしょうか』。9年受けてると思われる方、10人いないですね。6年だと思われる方、多いですね。半分以上いるかもしれません。3年だと思われる方、これも多いですね。ありがとうございます。

じゃあ、『FACTFULNESS』で描かれた世界の真実としてはどうか。今回の質問は全て、国連などの資料を見れば誰でもアクセスできる数字を基にしたものです。まず第1問です。低所得国に暮らす女子の何割が初等教育を受けているか。正解は「6割」です。6割の女子は小学校卒業してます。多分10人ぐらいしか正解の方がいなかったと思います。

極度の貧困に暮らす人の割合は過去20年でどう推移したか。「約半分」に減りました。これは割と正解率が高い方でしたね。2割ぐらいの方が正解していたと思います。

第3問目、平均寿命ですね。今、世界の平均寿命は「70歳」です。かなり高いですね。これも、ほとんど正解の方はいらっしゃらなかったと思います。10人ぐらいしか正解を答えていなかったと思いますね。

2100年、世界人口が110億人になる理由。なぜかと言えば、当然なんですが、「大人が増えるから」です。老人ではなくて大人が増えるから、人口が増えていきます。世界は、日本ほどには高齢化しません。

次、世界中の1歳児で予防接種を受けてる人の割合です。今、世界では「8割」の1歳児が既に予防接種を受けてます。これも正解された方がかなり少なかったと思います。

それから、30歳の女性の学校教育を受けた年数について。これも今、世界平均で「9年」は女性も学校教育を受けてます。これも恐らく、正解者は10人ぐらいしかいなかったと思います。

このように、全て正解できる方はほとんどいないんですね。著者のハンス・ロスリングも書いてますが、1万何千人の方に質問しても全部正解した方はいらっしゃらないみたいです。要するに世界の事実、実際に進んでる方向と、僕らが世界に対して認識している方向は、相当ずれてるんですね。しかも相当、悲観的な方向にずれてます。今、お答えになっていただいて分かると思うんですが、貧困もなかなか改善されないし、男性と女性の格差もまだまだあるし、予防接種も受けてない。かなり悪いと思いがちですが、実は世界は相当良くなってきているんです。

ではなぜ、僕らの世界観は実際に進んでる方向よりも悲観的なのかについて、考えてみましょう。

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先ほどの『WIRED』の「闘うオプティミズム」でも、この悲観的なバイアスに対してどうやって闘っていけるのかを考えてます。加えてご紹介したいのが、シリコンバレー伝説の投資家といわれたピーター・ティールが書いた『ZERO to ONE』です。スタートアップの教科書的な一冊で、ティールのスタンフォード大学での講義を基にまとめたものです。この中でティールは未来に対する世界の見方を4象限で紹介しています。横軸は「Optimistic(楽観的)」/「Pessimistic(悲観的)」、縦軸は「Definite(確固たる)」/「Indefinite(曖昧な)」となります。

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ティール自身はアメリカ人ですが、アメリカはかつて「Definite」な「Optimistic」、つまり「明確な楽観主義」であったと言っています。特に1950年から60年、未来は良くなるという世の中の明確な楽観主義の下に、例えば宇宙に人を送ったり、高度経済成長を築いたり、さまざまなテクノロジーのイノベーションを起こしました。しかし、1981年にレーガン政権になってから、アメリカは曖昧な楽観主義に変わってしまったと言います。明確な未来図を描けていないため、今アメリカでは、イノベーションが全然起こっていません。例えば僕らが今持ってるiPhoneは、初めて人類が月に行ったときに使ったコンピューターよりもずっと素晴らしい性能を持っている。でも、それを使って何をやってるかというと、人類を月に飛ばすのではなく、何となくタイムラインを眺めてツイートするだけです。これは明確な楽観主義の下に未来を描けていないからだというのが、彼の主張なんですね。

今度は「Pessimistic」について見てみましょう。「確固たる悲観主義」を持つのは中国です。一党独裁の元、自由が制限された社会であることを全員が受け入れている。その前提の上で、何とかやっていこうと思ってるわけです。しかし、ティールが一番タチが悪いと言っているのが、実は「曖昧な悲観主義」なんですね。これはヨーロッパの現在であり、日本もまさにここにあります。つまり、さきほど皆さんがお答えになったものです。ファクトとは違う曖昧な悲観主義の下に未来を考えているわけです。これらをふまえてティールは、「ZERO to ONE」、つまり0から1をつくり出すような大きなイノベーションは、明確な楽観主義からしか生まれてこないと述べています。

『ZERO to ONE』──「明確な楽観主義」と「曖昧な悲観主義」──

先ほどの『WIRED』の「闘うオプティミズム」でも、この悲観的なバイアスに対してどうやって戦っていけるのかを考えてます。加えてご紹介したいのが、シリコンバレー伝説の投資家といわれたピーター・ティールが書いた『ZERO to ONE』です。2014年に邦訳も出てるんですが、スタートアップの教科書的なものですね。スタンフォード大学での講義を基にしたものなんですけれども。この中でピーター・ティールは、未来に対する世界の見方を4象限で紹介しています。一つの軸は、「Optimistic」」/「Pessimistic」、楽観的か悲観的か。もう一つの軸は、「Definite」/「Indefinite」、根拠がある確固たるものなのか、曖昧なものなのかってことです。

ピーター・ティールはアメリカはかつて「Definite」な「Optimistic」、つまり「明確な楽観主義」であったと言っています。特に1950年から1960年、世の中の未来は良くなるという明確な楽観主義の下に、例えば宇宙に人を送ったり、高度経済成長を築いたり、さまざまなテクノロジーのイノベーションを起こした。しかし、だいたい1981年にレーガン政権になってから、アメリカは曖昧な楽観主義に変わってしまったと。つまり明確な未来図を描けていないので、今アメリカでは、全然イノベーションが起こっていません。例えば僕らが今持ってるiPhoneは、初めて人類が月に行ったときに使ったコンピューターよりもずっと素晴らしい性能を持っている。でも、それを使って何をやってるかっていうと、人類を月に飛ばすんじゃなくて、何となくTwitterでツイートしてるとか、Facebookに何か書いてるとか。これは明確な楽観主義の下に未来を描けていないからだっていうのが、彼の主張なんですね。

今度は「Pessimistic」について見てみましょう。「確固たる悲観主義」を持つのは中国なんです。一党独裁の元、自由が制限された社会であることを全員が受け入れている。その前提の上で、何とかやっていこうと思ってるわけです。しかし、ピーター・ティールが一番タチが悪いと言っているのが、実は「曖昧な悲観主義」なんですね。これはヨーロッパの現在であり、日本もまさにここにあります。つまり、さきほど皆さんがお答えになったもの。ファクトとは違う曖昧な悲観主義の下に未来を考えているわけです。これらをふまえてピーター・ティールは、「ZERO to ONE」、つまり0から1をつくり出すような大きなイノベーションは、明確な楽観主義からしか生まれてこないと述べています。

『Homo Deus』──DETAISMのディストピア──

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では、なぜ曖昧な悲観主義に陥るのでしょう。ここで「Singularity」という言葉をご紹介したいと思います。2045年にはある種の超知能が人類を凌駕する。あるいは、バイオテクノロジーやナノテクノロジーによって、人間自体がこれまでの生命の限界を超えてく。こうした考えがシンギュラリティ(技術的特異点)と呼ばれています。

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そうした流れの中で最近、話題になった本に『Homo Deus』があります。ユヴァル・ノア・ハラリというイスラエルの歴史家の新作で、先ほど青木さんがご紹介された『サピエンス全史』の著者でもあります。アメリカでは一昨年、日本では去年の9月ごろに河出書房新社から出版されました。『サピエンス全史』では人類の歴史について書いていましたが、『Homo Deus』の副題は「A Brief History of Tomorrow」で、未来についての本です。

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『Homo Deus』の中で、ユヴァル・ノア・ハラリが言ってる三つのポイントをご紹介したいと思います。一つは「ORGANISMIA ARE ALGORITHMS」で、生命とはアルゴリズムであると。これはシンギュラリティにも通じる話です。シンギュラリティによってなぜ人類を超える生命をつくれるかというと、脳は全てデータであり、アルゴリズムであるという仮定が存在するわけです。だからいつかコンピュテーション(計算)の性能が最大限に良くなれば、脳を全て解析してそれと同じもの、それ以上のものをつくれるんじゃないかというわけです。『Homo Deus』でユヴァル・ノア・ハラリが言ってるのも、基本的には同じ仮説です。もし、僕らの生命活動が全て、たとえば喜怒哀楽とか、アートやイノベーティヴなクリエーションが、電気信号やホルモン分泌によって行われてるのであれば、それらはアルゴリズムとして解析できるのではないか。そうするとこれからの時代は、ダーウィンとアラン・チューリングの接合がやって来る、と述べるんですね。

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そのときに挙がってくるのが「GREAT DECOUPLING」です。脳の中には大きく分けて、知性と意識が存在すると考えられています。シンギュラリティによって超知性が生まれて、僕らの周りを取り巻くようになったときに問題となるのが、知性は必要だとして、意識は果たして必要なのか、ということです。知性が技術によって代替できるなら、意識ってもの自体は、実はなくてもいいんじゃないかという疑問を提起しています。

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これについて考えるために、デイビッド・チャーマーズというオーストラリアの哲学者が定義した、「意識のハードプロブレム」という概念を見てみましょう。そもそも、僕らは普段何となく「意識」って言ってますが、それが何なのかは分かってないですよね。知性とは、認知能力や計算能力のことですが、それに対して、意識というのは、もう少し漠然としたものです。意識が何か、いまだに人類は解明できていません。物質である脳の中でさまざまなシナプスがつながって、そこに電気信号が流れて、といった科学的な解説はできるのですが、そこにどうやって非物質である意識が浮かび上がってくるのかは、分かっていないのです。こうした意識の由来にまつわる解決困難な問いが「意識のハードプロブレム」と呼ばれています。現在、こうした哲学的な議論とコンピューター科学の議論が結びつきつつあり、実際にアルゴリズムによって脳の中の接続、意識が立ち現れてくる仕組みみたいなものも分かりつつあります。でもその中で、果たしてそもそも意識の有無は重要なのかという議論もあるんですね。例えば、今こうやって話を聞きながらも、おなかがすいたなあとか、なんかちょっと寒いなあとか、いろいろ考えますよね。でも案外そういう人間の意識がなかったとしても、未来は立ち現れてくるんじゃないかというのが、「GREAT DECOUPLING」での議論です。

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こうして生命が全てアルゴリズムによって回収され、意識もないほうが世の中スムーズに進むということになっていきます。人間中心主義から「DATAISM(データ主義)」へと大きく変わっていくというのが、『Homo Deus』における大きなテーマです。人間中心主義、「HUMANISM」というのは、個人の主権の元、個人の自由や尊厳を中心に社会を考えるという近代に始まった潮流です。ユヴァル・ノア・ハラリは『サピエンス全史』で、これをある種の虚構だと言っています。人類がみんなで、じゃあそういうふうに考えることにしようと言って決めたことだと。だからこれからだんだんと人々の認識が変わっていけば、アルゴリズム中心主義になっていくのではないか、と言うんですね。

18世紀頃に近代国家が生まれ、経済や戦争に人を動員しないといけなくなった。人がたくさんいることで国民経済が増えていく。兵隊をたくさん動員することで戦争に勝てる。だから人を重要視するようになったわけです。人には権利があって、自由意思の下に戦うってことを、みんなで幻想として抱いていました。でもいまや、人はいらないですよね。

まず経済を回すという意味では、人はどんどんいらなくなってきます。株式取引でも人がだらだらと判断するより、全てコンピューターに判断させるほうがいい。

あと戦争にも人間はいらないですよね。ドローンやロボットで戦えばいい。あるいは武力ではなくハッキングとかでやればいい。このように経済にも戦争にも人がいらなくなった結果、国家として、あんまり人のこと大切にしなくてもいいんじゃないかという価値観に変わっていくことが『Homo Deus』では語られています。

そうなると、不要になった人間たちはどうなるのか。「Useless Class」、不要階級といわれる人たちが生まれると述べられます。一方でアルゴリズムによって、自分たちを拡張していく人たちも生まれていきます。これは人類が2100年には110億人になるとして、全員がそうした超知能を身に付ける必要はないので、限られた人だけがそうなるはずだと。つまり、一部の人間は拡張された人類、「Homo Deus」となって、それ以外の人たちは、不要階級として生まれる、というすごい暗い話なんですね。これがユヴァル・ノア・ハラリがある種の警鐘として描いた、人類の未来の一つです。

NEXT:後編はこちらから


登壇者プロフィール

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松島 倫明|MICHIAKI MATSUSHIMA
テックカルチャー・メディア『WIRED』日本版編集長として「ニューエコノミー」「デジタル・ウェルビーイング」「ミラーワールド」「ナラティヴと実装」「地球のためのディープテック」「フューチャーズ・リテラシー」などを特集。東京都出身、鎌倉在住。1996年にNHK出版に入社、翻訳書の版権取得・編集・プロモーションなどを行なう。2014年よりNHK出版放送・学芸図書編集部編集長。手がけたタイトルに、ベストセラー『FREE』『SHARE』『MAKERS』『シンギュラリティは近い』のほか、2015年ビジネス書大賞受賞の『ZERO to ONE』や『限界費用ゼロ社会』、Amazon.com年間ベストブックの『〈インターネット〉の次に来るもの』など多数。2018年より現職。

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青木 竜太|RYUTA AOKI
コンセプトデザイナー・社会彫刻家。ヴォロシティ株式会社 代表取締役社長、株式会社オルタナティヴ・マシン 共同創業者、株式会社無茶苦茶 共同創業者。その他「Art Hack Day」、「The TEA-ROOM」、「ALIFE Lab.」、「METACITY」などの共同設立者兼ディレクターも兼任。主にアートサイエンス分野でプロジェクトや展覧会のプロデュース、アート作品の制作を行う。価値創造を支える目に見えない構造の設計を得意とする。
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