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無重力

 告白するならミルエンズ公園の前で。カウントダウンはエクアドルの赤道の真上で。

 そんなことばかり言っていた夢みがちな彼女はいつだってまるで無重力だった。だけどやつらの反撃は静かに始まっていたんだね。

 綺麗だった元の色がどんなだったかわからなくなるくらいに汚れたら、あとはもう誰にも気付かれないように消えてなくなる仕組みなら良かったのに。

 何度もそう思ったけれど、この世界ではそういうわけにはもちろんいかなくて。

 僕ならもしかしたらって気がしてたのに。だめだった。やっぱりだめだった。

 ごめんね。ごめんなさい。僕が思っていたより世界はずっといじわるだったみたいだ。

 明るくなったり消えたり、赤い光がただ眩しかった。空気が重たすぎて肺が悲鳴をあげる中で、僕はずっと窓の外の月ばかり見ていた。雲がかかって霞んでいて別に綺麗でもなんでもない月だった。

 そして君はとうとう本当に無重力になってしまった。

 僕も一緒に行こうとしたけれど、地面がどうしても僕の足を離してくれなかった。

 君と同じやり方では僕は宇宙へ行けないのだと悟った。

 それから間もなく夏が来て、瞬く間に過ぎていき、そろそろ終わりを迎えるくらいの頃。

 僕はようやく小さな宇宙船を盗み出すことに成功した。やりかけの課題も友達との約束も何もかも放りだして、その日のうちに空へ向かって出発した。

 体がだんだんと星から離れてゆく。やっと君のところへ行ける。嬉しくて最高に気持ちが昂った。ほんの少しだけ怖かったから目は瞑っていた。



 しばらくしてゆっくり目を開けたら、そこはもう望んだ宇宙だった。

 僕もついに無重力になった。

 

 だけど君はいなかった。
 宇宙のどこにも君はいなかった。

 
 目の前には美しくて孤独な世界が果てしなく広がっているだけ。

 ああ、こんなに素晴らしいなんて。
 ああ、こんなに残酷だなんて。

 静かに緩やかに牙を剥く黒に、僕は喜んでこの身を委ねた。

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