「保育園児が乗ってるあの車」はなんという?~小川洋子『そこに工場があるかぎり』レビュー

 町工場が好きだ。町工場を書いた本も好き。小関智弘の本はほとんど読んだし、書店にいくたび「町工場モノ」がないかなぁと探している。
 ある日、本書のタイトルが目に入った。「町工場の話に違いない」と勇んで手にとった。
 『博士の愛した数式』の小川洋子が、工場を取材したノンフィクションを書いていたのか。子ども時代に向かいにあったのは鉄工所、小学校への通学路の途中にも工場がいくつもあり、「ありふれた日常の中に潜む、圧倒的な世界の秘密」だったという。その著者が6工場の取材ストーリーを展開している本なのだ。面白くないわけがない。
 たとえば、東京スカイツリーのすぐ近くに存在する、リヤカーにも似た乗り物を作っている工場が語られている。保育士がよく押している、車輪付きの大きな箱。数人の子どもを移動させる、名前も知らない「あの乗り物」だ。町工場から送り出されているという。どのように作られているのだろう。
 社長曰く、「複数の園児を移動させる車」については、元々二人乗りのベビーカーを考えていた。だが保育園の需要を聞きながら、4~6人が立って乗る形が少しずつできあがっていったのだという。

みんな一緒に保育園から出発し、公園などで目いっぱい遊んでもらい、また連れて帰る、その道中の安全を確保するための乗り物が必要だったんです。
ベビーカーと同じ機能で、しかしベルトで縛りつけるような形ではなく、パイプや布地の大きさを少しずつ大きくしていったわけです。

本書p92

 この車の製品名は「サンポカー」であることを本書で知った。そして、まさに試行錯誤を繰り返してサンポカーはできたのだ。完成品を日々送り出しながらも、日進月歩の技術を取り入れてマイナーチェンジを繰り返す。
 サンポカーはどのように作られるのか。
 第一工程は、長いパイプを必要な長さにカットする。

とにかくそれが怖そうな機械なのだ。台の中央にセットされた円盤が、いかにも残酷な響きのうなりを上げながら、縦方向に回転している。円盤のギザギザは、わずかに触れただけで何でも容赦なく切断してしまいそうなほどに研ぎ澄まされている。

 しかし私の恐怖などにはお構いなしに、パイプは一本一本、あっさりと切断されてゆく。社員の方の手つきは確信に満ち、ためらいも滞りもない。実に堂々としている。

本書p103

 見るだけでも恐ろしそうな機械を使って、人間が確信を持って堂々とパイプを切断していく。
 次は穴あけ工程だ。ここでもまた、機械と、人間がそれを使うさまが目の前に展開されていく。

両脇に装着された滑車と歯車は一抱え以上もあり、動力を伝える中央部の構造は複雑で、どんな細部にも緩みがなく、どっしりとしている。(中略)モーターの音が響いているにもかかわらず、そこには沈黙が満ちていた。
 やがてその魅力的な沈黙は、機械の前に立ち、パイプを差し出し、正しい位置に正しい穴をあけ続けている作業服姿の男性が醸し出す雰囲気と、響き合っているのだと分かってきた。

本書p105

 続いて、パイプへのネジの取り付け、塩化ビニールシートの裁断、最後に縫製室でのミシンかけと、昔の家内工業を思わせる。人間がひたすらひとつの作業に没頭している様子が、「後ろ姿が毅然として実に清々しい」「指先はもちろん、足の先から目、耳、腕まで、全身が研ぎ澄まされている」「手は休みなく動き、しかも無駄がない」と描き出されている。
 同社をひとことで言うと、「機械や道具と人とが一体となって、地道に働」いているのだ。
 毎日8時間、集中して同一の作業をし続けるのは根気がいるはずだ。わたしにはできない。だがここで働く人たちは、それを続けているのだ。
 本書では、同社の代表の言葉として3つ紹介されている。

「地に足の着いた、コツコツした商い」
「一番を目指さず、一定の器で社会貢献をする」
「自分の手の延長上に製品がある」

p112

 働く人々がまさにこれを体現している。人の手の先に、パイプがあり、ビニールシートがあり、ネジがあり、ミシンがある。コツコツとした地道な作業が重なって、サンポカーが誕生していくのだ。
 うちの近くに保育園がある。サンポカーを見るたび感じてきた、安心・安全のなかに楽しさを感じる理由が、本書で解き明かされた。

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